3倍

ある日、男友達を集めて密会を行っていた。


「それじゃ、毎年恒例『ホワイトデー緊急対策会議』を始めるか。」

「はい。」

「竹塚、発言をどうぞ。」

「諦めたら良いと思います。」

「却下。他。」


諦めると言う選択肢は端から存在していない。

そもそも諦める事を考えているなら、この会議を開催していないだろう。


「はい。」

「伊江、発言をどうぞ。」

「土下座すれば許してもらえるんじゃねぇかな。」

「却下。他。」


普通に嫌だ。

するとしても、それは最後の手段だろう。


「はい。」

「丹野、発言をどうぞ。」

「そんな事より遊ぼうぜ。」

「却下。他。」


遊ぶために呼んだんじゃないんだよ。

丹野の発想力には期待していないが、それでももう少し真面目に考えてほしいものだ。


「はい。」

「親方、発言をどうぞ。」

「そもそもよぉ、毎年こんな事やってんのかよぉ。」

「正確には沙耶がバレンタインのお返しは3倍返しって言う概念を知ってからだ。」


あの食欲旺盛食いしん坊の幼馴染が知ってはならない概念を知ってしまったのが全ての始まりだった。

あからさまに渡されるチョコレートのグレードが上がったのだ。

しかも今までは普通のテンションだったホワイトデーも、見るからにワクワクとしていると言うか、明らかに機嫌が良いのだ。

なんならチョコレートを渡す時点で3倍返しの話をするのだから、ストレートに要求を突き付けてきている


「そもそもどれくらいの値段かなんて分からねぇだろぉ。」

「チョコレートに加えて価格が分かるようにレシートまで添えられて渡されるんだよ。」

「しかもご丁寧に価格に3を掛けた数値まで書き加えられてますね。」

「計算出来ないって思われてるって事だぜ。」

「事実だな。」

「いくら安達でも流石に掛け算くらい出来るだろぉ。…………出来る、よなぁ?」

「出来るに決まってるだろ!」


親方でさえも私の計算能力に疑問を持っている。

いくら数学の成績も良くないからと言っても掛け算すら出来ないと思われるのは心外だぞ。

たまにケアレスミスをするくらいだ。

私が周囲からの評価に憤っていると親方が1つの意見を出す。


「別に3倍で返さなくたっていいんじゃあねぇかぁ?」

「いや、同じくらいの価格の物でお返しすると微妙に残念そうな顔をするんだよ。普段ふざけたりしてると遠慮なく制裁を加えてくるのに、こういう時はそれが無い分本気で悪い事をしてるんじゃないかって思ってしまうんだ。」

「まぁお返し自体は貰ってる訳ですからね。それで文句を言えるほど厚かましくは無いんでしょう。」

「安達が期待に応えられなかったってだけだからな。」

「つまり安達は期待外れの男って事だぜ。」

「その言い方はなんかムカつく。」


実際期待外れだったからガッカリしてるんだろうけど、改まって期待外れと呼ばれるのは気に食わない。

もう少し別の表現をしてもらいたいものだ。


「結局のところ、諦めて3倍返しをするのが良いのでは?と言う話になるんですよ。」

「でもそれだと結構な出費になるし、なんだが負けた感じがするんだよ。」

「出費は分かるが、負けって何だぜ。負けって。」

「きっと俺たちには理解出来ない何かと戦っているんだろうな。」


沙耶の思惑通りに行動するのってなんだか操られている感があるじゃん。

私はそんな思惑、と言うか欲望に抗いたいんだ。

自らの意思で自らの道を切り開いていきたいんだよ。

しかし重要なのはその上でどうするか、と言う事だ。


「とにかく、どうすればいいかアイデアが欲しいんだ。」

「諦めるべきだと思います。」

「同じく。」

「オレもそう思うぜ。」

「もうそれでいいんじゃあねぇかなぁ。」


なんで諦めムードになってるんだよ。

もう少し考えてくれよ。


結局今年は2倍程度の値段の物を返して引き分けと言う事にしておくのだった。

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