楽書き

何もやっていない

「さて、安達くん。今日はどうして職員室に呼び出されたか分かりますか？」

「待って下さい、先生！今回は私何もやってないですよ！濡れ衣です！言い掛かりです！冤罪です！」

「濡れ衣でも言い掛かりでも冤罪でもありません。」

「でも本当に何もやってないんですよ。」

「えぇ、そうですね。確かに安達くんは何もやってないですね。」

「それなら………！」

今回は見逃してもらえそうだ。

だって何もしていないのだから。

先生が聞く耳を持ってくれて助かった。

「やって無い事が問題なんですよ。」

「そんな！？何かしてもお説教されて、何もしなくてもお説教されるなんて理不尽ですよ！」

「安達くん、先生は君が悪い事、問題行動をしたらお説教をします。」

「それなら今回はお説教されるべきではないと思います。」

「もう一度胸に手を当てて、思い当たる節が無いか考えて見て下さい。」

「無いです！」

だって本当にここ最近、何かお説教される事をやらかした記憶は無い。

それはこの即答具合が如実に物語っているだろう。

「即答ですね。でしたら、

この間出した課題を一切やって来なかった事を、どう弁明するつもりですか？」

「……………。」

本当にここ最近、何かお説教される問題行動をした記憶『は』ない。

ついでに課題の事も、昨日まで記憶から家出していたようだが。

でも昨日、課題の事を思い出した事は評価されるべきではないだろうか。

それを言ったら間違いなくお説教が延長戦に突入するから言わないけど。

「先生、落ち着いて聞いて下さい。」

「落ち着いていますよ。」

「これには竹塚の身長よりも高く、」

「そんなに高くは無いですね。」

「先生、そこは嘘でも『そこそこの高さ』くらいは言っておきましょうよ。竹塚が悲しみますよ。」

「引き合いに出したのは安達くんですよね。」

「………そしてペットボトルのキャップよりも深い理由があるんです。」

「それ以上浅い物の方が少ないくらいですね。」

今はとにかく前置きで時間を稼いで良い感じの言い訳を考えなくては。

話しながら、次の一手を考えて頭を動かす。

気分は敏腕外交官だ。

「課題をですね、受け取った時はですね、それはもうやる気に満ち溢れていて、始まる前から終わってるくらいには、課題に取り組む気が満々だったんですよ。現に昨日も課題の事は覚えていて、取り組もうと考えていたんです。」

「それは何よりです。やる気があるのは良い事ですからね。それならなんで課題に手を付けていないんですか？」

「いや～、実は部屋の掃除が忙しくって………。」

「つまり課題よりも自分の部屋の掃除を優先した、と？」

おっと、言葉選びを誤ったか！？

保木先生の表情は笑顔だが、確実に周囲の空気の温度が下がった気がする。

いや、まだだ。

まだ私の言い訳は終わってはいない！

「先生！落ち着いて！落ち着いて聞いて下さい！まだ話には続きがあるんです！」

「先生はまだ落ち着いていますよ。続きを話してください。」

「部屋の清潔さって大事だと思うんですよ。部屋が汚れていては集中力も低下して、衛生面の悪化から体調を崩す恐れもあるってテレビで言ってた気がしますし。それに部屋の掃除はしましたが、時間的な猶予はまだあったんです。」

部屋の掃除の重要性を説いた上で、時間の問題も無いと伝える。

続きがあると分かると先生はとりあえず話を聞いてくれるようだ。

このまま良い感じに言い訳をまとめなくては。

「その後、5時くらいに掃除の疲労から睡魔に襲われまして、眠気を感じている状態ではまともに課題には取り組めないと判断して仮眠を取ったんです。眠気のあるまま課題をやっても身になりませんからね。」

「確かに眠いと頭が回りませんね。それで、何時に起きたんですか？」

「6時くらいですね。」

今のところ話を聞いてもらえているが、ここからどうやって話を広げていくか。

仮眠を取ったのは事実だけど、その後の展開はまだ思い付いていない。

とりあえず適当に話を作って…………

「午前ですか？午後ですか？」

「……………。」

その質問はしないで欲しかった。

しかもこの質問、先生の表情を見るに確信を持っているような気がする。

嘘で誤魔化そうとしても通じなさそうだ。

「午前ですか？午後ですか？」

「………午前です。」

「よく眠れましたか？」

「はい、とっても。」

正直に答えるしかなかった。

それ程までに圧力を感じさせられたのだ。

まぁ寝る子は育つってよく言うし、私もまだまだ成長期って事だ。

「安達くん。」

「はい。」

「課題は計画的にやりましょうね。」

「はい。」

あぁ、徐々に周囲の気温が下がり、空気が重くなっているようだ。

これは長くなりそうだぞ。

目が覚めた時は1時間寝ただけかと思ったら、13時間寝ていただなんて………。

昨日の私、目覚ましはセットしておけよ………！