秘境

親方の家で課題をしている時、ふと思った事が口から零れた。


「そうだ、アマゾンの奥地に行こう。」

「京都に行こうってノリで出て来る土地じゃねぇからな?」

「安達、おめぇ………。」

「ほら、親方も呆れてるし、さっさと課題を終わらせな。」


だって行きたくなったんだから仕方が無いだろう。

しかし伊江のツッコミとは裏腹に、親方の表情に呆れは無い。

むしろ………


「そん時は俺も連れてけよぉ!」

「もちろんだぞ!」

「親方、お前もか。」


笑顔でサムズアップして同行を希望した。

親方にしては珍しく私の話に乗ってきたが、これは恐らく私と同じ理由だろう。

それを察した伊江は私と親方に1つの質問をする。


「安達、最近見たテレビで印象に残ってるものは?」

「世界の秘境特集だぞ。」

「親方、最近見たテレビで印象に残ってるものは?」

「世界の秘境特集だぜぇ。」

「だと思ったよ!」


あれは面白かった。

あの番組を見て冒険の旅に出たくならない奴はいるのだろうか?

いや、いない。

多くの人間を冒険へと駆り立てる番組だったのだ。


「未開の土地!」

「未知なる食材!」

「まだ見ぬ景色!」

「奥地に住まう住人!」

「ロマンがあるぞ!」

「ロマンがあるぜぇ!」


大切な物はロマン。

ただそれだけで十分なんだ。


「今回は親方も安達側かよ。」

「だってよぉ、あの番組がスゲェ面白くってよぉ。」

「冒険の旅に出たくなるんだよ。」


伊江だってあの番組を見れば私達と同じ考えに至るに決まっている。

しかしあの番組を見ていない伊江は、私と親方に対して否定的に質問を続ける。


「安達、親方、この間の英語の小テストの点数は?」

「16点だぞ。」

「32点だぜぇ。」

「50点満点だし、親方は半分以上は取れてはいるけど、それでも外国に行くって段階で既に厳しいとは思わないか?」

「そこは、ほら、ボディランゲージ?ジェスチャー的な?もので乗り越えていければ良いかなって。」

「スマホに翻訳アプリを入れときゃ良いんじゃねぇかぁ?」


それだ!

別に私たちが外国語を話せる必要は無いんだ。

だって世の中には便利な物が沢山あるから。


「そもそも電波が通じない可能性もあるし、翻訳アプリって言っても秘境とか言われるような未開の地の言語に対応してるとは限らないからな?」

「いっその事、安達が絵を描いてそれで意思疎通を図れば良いんじゃねぇかぁ?」

「任せてくれ!」


言葉やジェスチャーが通じないなら、絵で伝えよう。

地域ごとにジェスチャーの意味合いが違う的な話は聞いたことがあるが、絵だったら見ただけで分かるからピッタリだろう。


「それに未開の地の住人って、なんて言うか排他的なイメージがあるんだよな。侵入者に対して槍とか弓で攻撃を仕掛けてるような。」

「親方、任せた!」

「おうよ!」

「いくら親方でも無理があると思うけどな。大体そう言う武器って毒が塗ってあったりするだろうし、外敵と戦い慣れてそうってのもあるし。」

「良い事を考えたぞ!お菓子とかの食べ物を上げれば懐くんじゃないか?」

「それが通じるのは子供か入屋くらいだからな?」


敵が現れたら親方に倒してもらおう。

よくマンガとかテレビで殴り合ってお互いを理解し合う的なシーンがあるし、きっと親方なら良い感じに現地住民とも拳で対話して信頼を築くことが出来るだろう。


「それに現地住民がいなかったとしても、危険な野生動物だっているからな。」

「親方、任せた!」

「おうよ!」

「いや無理があるからな?どう考えても死亡する未来しか見えないからな?」

「そうだ、罠的な物を作って捕まえて手懐ければ良いんじゃないか?仲間が増えれば冒険がより楽に、より楽しくなるだろ。」

「ゲームかよ!」


頼もしい仲間は必ずしも人間でなくてはいけない、なんてルールは無い。

時として人間ではない生物の力を借りる事も重要だろう。

力を貸してくれるかどうかに関しては、今は考えないでおくけど。


「それに食料だって足りないだろうし、現地の植物なんて何が食べられて何が食べたらヤバいとか分からないよな?」

「親方、任せた!」

「安達が毒見してくれたら、それを調理するぜぇ!」

「任され………、あれ?下手したら私が死ぬのでは?」

「十中八九死ぬだろうな。毒キノコとか毒草とかで。」


秘境の地にある珍味を楽しみたいとは思うけど、食べたら死ぬような食材は流石に嫌だ。

親方ならそう言う食材の知識も持っているのではないかと思ったが、そんな事は無かったようだ。


「まぁそれに、もっと根本的な問題だけど、旅費とかどうするつもりなんだ?海外の、しかも未開の地なんて呼ばれるようなところに行くんなら、かなりの準備と旅費が必要になるだろうな。」

「安達、おめぇ………。」

「金なら無いぞ。親方は………?」

「そんなに余裕ねぇなぁ………。」

「「……………。」」


私と親方は伊江に根本的にして重大な問題を突きつけられ、顔を見合わせる。

私も親方も普通の高校生。

マンガとかに登場する大富豪の御曹司とかではないのだ。

互いの懐事情を確認して、沈黙する。


「秘境に思いを馳せるよりも、とっとと課題を終わらせっかぁ。」

「そうしよう………。」


現実に視線を戻す。

秘境への旅は、またいずれかの話になりそうだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る