お湯

「オレ、ついこの間感動したことがあってさ。」

「感動した事?適当にボールを投げたらゴールに入った事とか?」

「違ぇよ。いや、そんな事があと2点で逆転の試合終了直前にあったら感動するだろうけど、今回は違うぜ。」

「アイスを買ったら当たってもう一本食べられたとかですか?」

「違ぇよ。いや、それはそれで嬉しいだろうけど、それも違うぜ。」


丹野が感動しそうなこと何てそれくらいしか思い浮かばないぞ。

一体何があったって言うんだ?


「この前デパートに行ってさ、トイレに寄ってから手を洗う時に出てきたのが、水じゃなくてお湯だったんだぜ。」

「よくある話じゃないですか。」

「でも最近急に冷え込んできたじゃん。そん時は水が来るだろうなって身構えてたらお湯が出るとか、感動するだろ。」

「丹野、お前が言いたい事はよく分かったぞ。」


なるほど、これから冬が近づいて来ることを見越しての話題振りだったのか。

察しの良い私でなくてはスルーしてしまうところだったぞ。


「つまり、学校でも水道とかシャワーとかでお湯が出るようにしようって事だろ?」

「んん?まぁ、それも良いな。地味に嬉しいぜ。オレん家は古いから水しか出ないし。」

「秋が近づいてきた時期の水泳の授業が終わった時のシャワーは寒すぎる。冬場の手洗い場の水はテンションを下げる。しかしこれがお湯に変わったら、最高じゃん。」


やっぱり時代と共に学校の設備も進歩していくべきだ。

丹野にしては良い提案じゃないか。


「しかし蛇口からお湯を出すにしても、設備の変更が必要になるので簡単に意見が通るとは思いづらいですね。」

「それなら良い事を思いついたぜ。」

「丹野の言う良い事か。普段なら期待できないけど今回は良い提案をしたし、聞いてやろう。」

「随分上から目線じゃねぇか。でもオレのアイデアを聞いたらオレを天才と崇めるようになるぜ。」


丹野は自信満々に言うが、その内容がどうしようもない事が多いから期待できないって言ったんだよ。


「やっぱり生徒が打ち立てた実績とか大事じゃん。」

「丹野がバスケ部を全国優勝に連れて行くのか?」

「それも良いが、バスケ部とお湯じゃ繋がりが薄いだろ。そこは水泳部だよ。」

「水繋がりも相当薄っぺらいと思うぞ。」

「とにかく!水泳部に成果を上げてもらって蛇口からお湯が出て皆ハッピー!これで決まりだ!」


強引に進めたな。

でもこの作戦には穴がある。

それを私が指摘してやろう。


「でもうちの水泳部ってそんな強豪って訳でもないよな。」

「そうですね。全国大会ですら夢のまた夢だと思いますよ。」

「おいおい、オレがそこを考えずに作戦を立てると思ったか?」

「思った。」「思いましたね。」

「オレは安達と違って思慮深いんだぜ。そこもしっかり考えてある!」


具体的に水泳部の実力を知っているわけではないが、活躍している話も一切聞いたことが無い。

あと私と違っては余計だし、お前に思慮深さは欠片も感じられない。


「水泳部が強くないなら、水泳が得意な奴を入部させればいいんだよ!」

「なるほど。ちなみに丹野は水泳に自身はありますか?」

「ない!」


言わんとすることは分かるけど、自信満々に言うような事じゃないだろ。


「それなら水泳が得意そうな人に目星は付けてるんですか?」

「付いてない!」

「ダメダメじゃん。作戦破綻してんじゃん。」


自分が水泳得意という訳でもなければ、得意な知り合いがいる訳でもない。

それじゃ水泳部教化作戦は成立しないぞ。


「………安達、竹塚。水泳が得意そうな知り合いとかいないか?」

「いないですね。当然、僕は浮くことは出来ても素早く泳ぐなんて無理ですよ。」

「同じく。人並程度に泳げるくらいだぞ。」

「入屋とか運動が得意そうだけど?どうだっけ?」

「沙耶は水泳苦手だぞ。たぶん筋肉質で沈みやすいんだと思う。………なんだか悪寒を感じたぞ。」


沙耶に察知されたか?

いやこの場にはいないし、重いとかいってないからセーフだろう。

…………大丈夫だよな?


「親方でしたら水面を拳で割って走れるのでは?」

「でも親方って脚はそこまで早くないぜ。あとそれはもう水泳じゃなくなって失格になりそうだぜ。」


確かに親方なら拳一つで天を割り地を裂くことも出来そうだからプールの水面を割るくらい余裕だろけど、そうなると競技が変わってしまうからな。


「こうなったら苦肉の策です。青井を頼りましょう。」

「ドーピング、ダメ、絶対。」

「丹野が片言でなんかの標語を言い出しだぞ。」


バスケットマンとしてスポーツマンシップの大切さを理解しているって事だな。

確かにその通りだ。丹野は馬鹿だけど、良い馬鹿だ。


「と言うか、何も水泳部にこだわる必要はなんじゃないか?運動部ならシャワーとか使うだろうし。」

「仕方がないから妥協するぜ。」

「その水泳部へのこだわりはどっから来るんだよ、バスケ部。」


しかし他の運動部も強豪と言うには程遠い強さだ。

何か良いアイデアは無い物か。




「あれ、安達くんたち?まだ教室にいたんですか?そろそろ下校時刻なので、あまり遅くならないうちに帰宅して下さいね。」

「あ、保木先生。」

「分かりました。」

「さよならっす。」


ガラリと教室の扉を開いて保木先生が現れた。

もうそんな時間だったか。今日は帰るとしよう。

そして3人で玄関に向かって廊下を歩いていると掲示板にとある告知物が貼られていることに気が付く。


「ん?『校舎内の改修について』?」

「『一部校舎内の老朽化に伴い、休日に改修工事が行われます。部活動などで登校予定の生徒は気を付けて下さい。』って書いてあるぜ。」

「見て下さい。対象の欄に水場が入ってますよ。」

「本当だ!これは私達の願いが叶うかも知れないぞ!」

「やっぱり時代はお湯って事だぜ!」


告知のプリントを読んでテンションが上がる私達。

しかし、そのプリントにはお湯という言葉は一切載っていない事に気付くことは無いのであった。

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