自動販売機

伸ばしても、伸ばしても、その手が届くことは無い。

この手の僅かな隙間から、大切な物は零れ落ちてしまった。


それを拾い上げようとしても、狭き門を潜る術はない。

諦めることが出来れば、どれほど楽だろうか。

しかし諦めることは出来ない。諦められるほど、それはどうでもいいものじゃないんだ。


例え周りから呆れられ、蔑まれても、諦められないんだ。

これは自分との戦いでもある。誰かに助けを求められるような戦いじゃない。

私の大切な物を取り戻すための戦いなのだから。


あと僅かで、その輝きに手が届くというのに、その僅かが、あまりにも遠い。


届け……!届けよ……!






私の五百円玉!




「あの、安達くん、そんなところでうずくまって、何をしているんでしょうか。大丈夫ですか?体調でも悪いんですか?」

「その声は委員長!安心してくれ!めっちゃ健康だから!それよりも聞いてくれ!実は自動販売機で飲み物を買おうとしたら五百円玉を落としちゃったんだ!」


これが十円や百円なら、まだギリギリ仕方がなかったと思える。

しかし五百円はダメだ。そんな高額を自動販売機の魔窟に奪われて引くなんて出来ない。

さっき竹塚たちとも会ったが協力してくれなかった。

同情はしてくれたけど、それなら協力もしてほしかった。


「それは災難でしたね。でも届かないなら諦めるしかないんじゃないですか?ほら、服も汚れちゃいますよ?」

「でも五百円だぞ?私は絶対に諦めたくない。頼む、委員長協力してくれないか?何か良い知恵は無いだろうか?」


真っ直ぐな瞳で委員長を見つめ、協力を要請する。

地面に這いつくばった体勢で。


「………分かりました。その決意に満ち溢れた目で見られては断れませんね。私も協力しましょう。」

「本当か!?ありがとう委員長!委員長さえいれば百人力だ!」


さっき会った薄情な連中と違って委員長は困っている仲間を見捨てない。

私だったら協力してないであろう状況であっても協力してくれる。流石だ。


「それで、手を伸ばしてみても届かないんですよね。」

「あと少しだと思うんだけど、これ以上は腕が引っかかって届かないんだ。」

「それなら何か長い物を使ってみるのはどうでしょうか。」

「それは考えたけど、何も持ってないんだ。」


道具を使うという発想はあったが、肝心の道具がない。

傘とかがあれば届いたかも知れない。

しかし今日は晴天。傘を持ち歩くような天気ではない。


「あと少しの距離だったらペンとかを使って引き寄せられないでしょうか。」

「ペンを握ってると手が自動販売機の下に入らなくて、指の間に挟んで使おうにも落っことしたら、更に面倒な事になるから。」


委員長は手元にありそうな道具を提示するが、それも使えそうにない。


「安達くん、絶対に諦める気は無いんですよね?」

「無いぞ。」

「それなら………。」


それなら?


「逆転の発想です。自動販売機の下に何かを入れるのではなく、自動販売機自体を退かしてしまえばいいんです。」

「な、なるほど!流石は委員長!その発想は無かった!」


確かに手が届かないなら、障害である自動販売機そのものを動かしてしまえばいいのか!

でも、


「どうやって退かすんだ?ショベルカーみたいな重機でも使うのか?」

「安達くん、免許を持っていないでしょう?だからこの自動販売機の管理をしている会社に連絡して動かしてもらいましょう。」

「分かった!電話してみよう!」


委員長は頼りになるな。早速電話を掛ける。

が…………


「え?ダメ?」


断られてしまった。何故だ。

私は失った大切な物を取り戻したいだけなのに。


「委員長、ダメだったよ。」

「やっぱりダメでしたか。」


やっぱりって、断られると思ってたのに電話して自動販売機を移動してもらうアイデアを提示したのか。

諦める気はないのかと確認された時点でアイデアが尽きていたのだと思うけど。


「万策尽きましたね。」

「委員長の知力でも無理なのか。だけど、私は諦めたくない。」


私がケチで金が大好きで仕方がないという訳ではない。

ここで諦めたら自分との戦いに負けたことになるだろう。


「ここまで時間をかけて、委員長に協力してもらって、それで『やっぱり無理でした』って諦めるなんて嫌だから。」

「安達くん………。でもやっぱり難しいと思います。私の鞄の中にも使えそうなものは………。あっ。」


委員長は諦めた表情で鞄を漁るが、何かを発見したような声を上げる。


「委員長?」

「ありました。」

「何が?」

「折り畳み傘を持ってました。普段使わないので鞄の奥の方にあったみたいです。」


ナイスだ!委員長!これで、


「取れたぁ!やったぞ!」


多くの困難を乗り越えて、ついに五百円を自動販売機の深淵より救い出した。


「委員長、ありがとう。何か飲みたいものはあるか?」

「え?悪いですよ。お気持ちだけ頂いておきますね。」

「協力してくれた委員長にお礼がしたいんだ。飲み物くらい、奢られてくれよ。」

「わかりました。ありがとうございます。それじゃあ紅茶をお願いします。」






激戦の後の勝利の美酒、もといジュースは甘美であった。

私も今後は折り畳み傘を持ち歩こう。

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