アルバイト

我らが東高校にはアルバイト先を斡旋する掲示板がある。

なんでも学校から斡旋する事でアルバイト先から人格面での評価を送ってもらい、それを内申点として考慮するシステムだとか。

社会経験の一環としても扱われ、かつ学生が変なアルバイトに手を染めないようにする目的もあるらしい。

ボランティアではなくアルバイトとして斡旋しているのは、このシステムの発案者が『労働には正当な対価を』とか言う方針を掲げていたからって聞いたことがある。


そんなアルバイト斡旋掲示板の前に私はいる。


「安達じゃん。バイトでも探してんのか?」

「伊江か。実はちょっと金がなくて。」


掲示板前で声をかけてきたのは伊江だった。


「騙されて借金でもしたのか?」

「違う!私を何だと思ってるんだ。」

「詐欺に騙されそうな奴だな。」


これは馬鹿と言われていると取るべきか、お人好しと言われていると取るべきか。


「安心しろ、今まで詐欺に引っかかった事はないんだ。」

「それは詐欺に引っかかった事に気が付いてないだけだと思うんだが。」

「仮に騙されたとしても後で気が付くだろ。何かしらの被害が発生していたら。」


どれだけ信用が無いんだ。詐欺なんて生まれてから今まで一度も遭遇したことないぞ。

強いて言うなら青井に貰った頭の良くなる薬の効果がイマイチだったくらいだ。

しかし薬なんて効果は人によって変わってくるだろうし、詐欺ではないだろう。

なんかミント味がしたり、一瞬、市販のタブレットのケースが見えた気がしたけど、きっと気のせいだ。


「で、冗談は置いといて、安達がアルバイトなんて珍しいな。無駄遣いでもしたか?それとも無駄遣いでもする予定か?」

「なんで無駄遣いに限定するんだよ。いや、ちょっと点数がヤバくて隠していたテストが見つかって……。」

「小遣いが減額、もしくは停止されたと。」


私は伊江の言葉に頷く。

巧妙に隠しておいたはずなんだが、何故か見つかってしまった。

お陰で小遣いが減らされてしまった。


「そこで勉強してテストで良い点取ってどうにかするんじゃなくて、アルバイトでカバーしようってのが安達らしいよな。」

「普段はあんな点取らないんだ。だから次のテストで竹塚に勉強を教えてもらえば問題ない、はず。」


とりあえず次回のテストまでを凌ぐために短めのアルバイトを探していこう。


「それならお前も親方のとこでバイトしないか?」

「親方のとこ?」


あいつの家って何やってるんだろ?




『しまった!ミスった!』

『おう、俺も鬼じゃねぇ。指詰めるだけで勘弁してやらぁ。』

『ひぃぃ!組長!許して下さい!』

『ガタガタ抜かしてんじゃねぇ!おめぇら!抑えてろ!』

『『へい!』』

『ぎゃあああ!離せぇ!誰か助けてぇ!』




「いや!遠慮しておく!断固として遠慮しておく!」

「何を想像してるか知らないが、親方の家は「聞かないでおく!」そ、そうか。」


命がいくつあっても足りないだろう。

確かに短気で沢山稼げるかも知れないが、それ以上に安全が大切だ。


「てか『お前も』ってさっき言ってたよな?てことは伊江も親方のところで働いてるのか?」

「そうだぞ。頻度はそんなに多くないけど、ちょいちょいな。」

「ちょっと指を見せてくれないか?」

「詰められてないからな?」


どうやら伊江の指は無事だったようだ。


「伊江も梅嶋組の一員になったのか。それでも、例えどんな立場になって、どんなことをやったとしても私たちは友達だから、それじゃ。」

「違ぇよ。別にあいつんちは別に反社会的な組織じゃねぇからな。だから距離を置こうとするな。」


感動的なセリフと共に一歩一歩後ずさりをしていくが、ガシッと肩を掴まれ、距離を置くことは許されなかった。


「んで、なんのバイトをしようと思ってんだ?」

「この中からだったら、スーパーの品出しとか、公園のゴミ拾いみたいなシンプルな奴かな。」

「確かに安達は覚える事が多い仕事や頭を使う仕事だと役に立ちそうにないからな。」


ひどい言われようだ。

時間を掛ければ覚えられると思うが、今回は短期的にアルバイトをする予定だから。

長期的にアルバイトをする生徒もいるけれど、人には人の働きからがあるので。


「ほら、シンプルイズベストって言葉があるだろ?」

「あるにはあるが、言い訳に使う言葉ではないと思うがな。」


人間には逃避先が必要だと思う。人はそれほど強い生き物ではないんだ。たぶん。

それはそれとして、


「そう言えは竹塚はバイトしたことがあるって話を聞かないよな。あいつ結構ゲームとか漫画とか買ってると思うんだが。」

「言われてみると、確かに。割と入り浸ってるが、そんな金あるのか?って思う。」

「我が家の家訓は『良く遊び良く学べ』だからですね。」

「小遣いと家訓に何の関係が………って竹塚、いつの間に?」


伊江と話していると竹塚が会話に入って来た。

後ろからナチュラルに話しかけられて少しびっくりしたぞ。


「伊江に一緒に働かないかって持ち掛けられた時からですね。」

「結構前からいたのかよ!?」

「ずっとお前の後ろに立ってたぞ。」

「気づいてたなら教えろよ!」


おのれ、伊江もグルだったか。こいつ油断ならんぞ。流石は梅嶋組で指を詰めることなくやってきただけはある。


「それと、僕は成績が良い程、貰えるお小遣いの額が増えるので。良く勉強している分には良く遊べるお小遣いが貰えるんですよ。」

「マジか。なんて羨ましい。私も良く遊べる小遣いが欲しいぞ。」

「いや安達がそのシステムを適用されたら小遣い無しになると思うんだよな。」


これが格差というやつか。

なんて生き辛い世の中なんだ。


「安達も真面目に勉強すれば普通にお小遣いは貰えると思うんですけど。これから毎日放課後に勉強会でも開きますか?」

「よしっ!今回は公園のゴミ拾いに参加しよう!」






労働を学ぶのも、ある種の勉強だから。うん。

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