私の為に争わないで
ある日の放課後、竹塚は用事があるとの事で長谷道に課題を協力してもらっていた。
「私の為に争わないで!」
「長谷道が壊れた………?いや、元からか。」
「壊れてないから安心していいよ。」
いきなり謎の発言をした長谷道。
遂に壊れたかとも思ったが、これが長谷道の平常運転だったなと思い返す。
本人は否定しているが、日頃の言動的に考えると壊れている状態が正常な状態だろう。
「人生で1度は言ってみたいセリフなんだよね。『私の為に争わないで!』って。」
「それって大体1人の女を2人の男が奪い合ってるシーンで使われるセリフだと思うんだけど。」
「やれやれ、安達くんは視野が狭いね。」
「1人だけ亜空間を見てるような長谷道に言われると釈然としないぞ。」
明らかに常人とは違う発想で物を見ている長谷道に視野が狭いと言われても納得できない。
そう言うセリフはもう少し常識を身に着けてから言ってもらいたいものだ。
「今の時代、ジェンダーフリーな考え方が重要視されているし、どんな道具であろうとセリフであろうと自分の目的を果たすために使用してこそキャスティングボードが握れるんだ。だから決して私がさっきのセリフを使ったとしてもミステイクと言われる筋合いはないんだよ。」
「じぇん……?きゃす……?取り敢えずよく分からない事は分かった。」
日本語で話せ。
もっと言うと私に分かるように話せ。
その説明が通じるのは竹塚くらいだろう。
「つまりは男女問わず、それっぽい状況なら『私の為に争わないで!』と言ってもいいのさ。」
「それなら最初からそう言えよ。」
「困惑する人を見るのって楽しいよね!」
「こいつはどうしてこうも楽しそうに最低なセリフを吐けるんだろうか。」
ははは、と笑いながら悪びれる事なく楽しんでいると語る長谷道。
ここまで突き抜けていると、呆れて怒りすら湧いてこない。
「そもそも長谷道を奪い合って争いなんて起こらないだろ。むしろ長谷道のやらかしが原因で争いが起きる方があり得るぞ。」
「つまりは私の為に争っているという事だね。」
「お前のせいで争っているって表現の方が正しいだろ。」
さり気なく自分が原因と言う論点を隠そうとするな。
どう足掻いてもお前は他人に求められる側じゃなくて他人に疎まれる側の人間だろう。
自分が楽しければそれで良いと言うスタンスを改めない限りは。
「些細な問題は置いておくとして。」
「些細じゃないと思うんだけど。」
「些細な問題は置いておくとして、『私の為に争わないで!』と言うセリフを使うためには安達と、あともう1人くらい演者が欲しい所だね。」
「そもそも奪い合うつもりなんて無いから。」
付き合ってられるか、そんな謎な願望になんて。
長谷道の話をスルーして嫌々ながらも課題に向き直る。
さっさと終わらせて帰るとしよう。
と思ったが…………
「話は変わるんだけど、この間の放課後。君はクラスメイトの丹野くんと何やら面白そうな事をしていたようだね。」
長谷道が耳を傾けざるを得ない話をし始める。
「君たちがいなくなった後、現場に先生が来たようだけど、君たちはお説教をされたのかな?」
「おい、まさかとは思うが………。」
「あー、なんだか急に内申点が欲しくなってきたなー。清廉潔白で模範的な優等生の魂が騒ぐなー。」
「嘘吐け!」
どこに清廉潔白で模範的な優等生がいるんだよ。
私の目の前には自分の楽しさを最優先にするクソ野郎しかいないぞ!
絶対密告するつもりだろう!
「そう言えば丹野くんは部活の時間だっけ?ちょっと会ってこようかな。」
「待て、売るなら丹野だけにしてくれ。」
今なら犯人は丹野だけに仕立て上げられる。
この後長谷道にさっきのシチュエーションの協力を強制されるだろうけど、些細な事だ。
「まぁ落ち着きなよ、安達くん。誰しも平等にチャンスは与えられるべきだと思うんだよね。」
「は?」
「私は丹野くんに話を通した上で、君たちのうち1人を密告する。さて、どちらを密告しようかなー。」
こ、こいつ…………!
まさか私と丹野に争わせて『私の為に争わないで!』って言うつもりか!?
どこまで私の予想の下を行く最低っぷりを発揮すれば気が済むんだ!?
その後、私と丹野の熾烈かつ醜い押し付け合いを見た長谷道は満足げに頷いて帰宅した。
密告されなかったから良かったけど、いつかぎゃふんと言わせてやる。
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