豆撒き

ある日の休日、竹塚の家にて。


「豆撒きをしましょう。」

「は?」

「豆撒きをしましょう。」


竹塚が血迷ったことを言い始めた。

特にどこかに頭をぶつけた様子は無いし、ソシャゲのガチャで爆死でもしたのだろうか。

取り敢えず正気に戻すために幾つか質問をしよう。


「竹塚、今月は何月だ?」

「3月ですね。」

「竹塚、節分は何月だ?」

「2月ですね。」

「だろ?それで、何がしたいって?」

「豆撒きをしましょう。」


自身の意見を撤回するかと思ったが、そんな事は無かった。

確固たる意志を感じさせるキリっとした表情で答えられたぞ。


「なんで3月になったのに豆撒きなんてしようと思ったんだよ。行動が1カ月遅いからな。」

「伊江、お前の普通の考えに基づいた普通なツッコミを待っていた。」

「歳の数だけ豆を食べるって言うし、誕生日を迎えてから豆撒きをしたかったんじゃないの?」

「竹塚はそんな沙耶みたいな理由で1カ月遅れの豆まきをしないだろ。と言うか、そもそもこいつの誕生日が今月じゃない事は沙耶だって知ってるだろ。」


私の気持ちを代弁してくれる伊江。

そして伊江のツッコミを尻目に竹塚が準備していたであろう豆を食べる沙耶。

つまりは竹塚が今になって豆まきをしようとする理由が分からないと言う事だ。

あと沙耶、歳の数以上に豆を貪るな。

仮に竹塚の意見が通った時に撒く豆が無くなるぞ。


「そう言えば最近豆撒きをしていないなって思って。」

「最近って、ここ1カ月くらいか?」

「それだと先月やった事になるよな。」


竹塚の事だから先月やっておいて今月も豆撒きをやりたいと言い出す可能性もある。

何せ3月に入って豆撒きをしたいと言い出す男だから。

しかし竹塚は私の予想を大きく上回る回答を返した。


「最後にやったのは小学校の頃ですね。」

「最近でもなんでもないじゃない。」

「年単位を最近って表現するな。」

「その理屈で言ったら私たちも最近豆撒きをしてないって事になるぞ。」


竹塚の最近への認識に対して総ツッコミが入る。

いくら何でも数年前を最近扱いは無理があるだろう。

しかしそんな私たちの反応を気にする様子もなく、竹塚は話を続ける。


「まぁまぁ、細かい事は良いじゃないですか。」

「細かくはないだろ。」

「元々豆撒きは魔を滅する物を撒く行事ですから、いつやっても良いと思うんですよね。それに鬼は外って言いますけど、鬼とは瘟鬼(おんき)と呼ばれる病の原因がモデルになっているので季節の変わり目で風邪に罹りやすい今こそ豆撒きを行うべきではないでしょうか。」


何か豆撒きの起源とかを語り始めたぞ。

そんなに豆撒きがやりたいのか………。

まぁ嫌って訳でもないし、別に良いけど………。


「さぁ、始めましょう!」

「ご馳走様。」

「え?」

「沙耶、まさかと思うけど………。」

「美味しかったわ。」


その前に沙耶が豆撒き用の豆を食べきったようだ。


「何事も季節感って大事じゃない。」

「もう少しマシな言い訳をしろよ。」


竹塚が語っている間も黙々と食べ続けていただろう。

そもそも豆撒き用の豆ってそんなに美味いのか………?

私が呆れていると竹塚が気にした素振りもなく代案を出す。


「ではエア豆撒きをしましょう。片付けが楽ですよ。」

「そこまでしてやるほど豆撒きに対する熱意は無いからな。」

「おかわりはないの?」

「もう十分食べただろ………。」


その代案に対して伊江はツッコミを入れ、沙耶がおかわりを要求する。

そこは食べる用じゃなくて豆撒き用の在庫を確認しろよ。


結局、グダグダなまま豆撒きはせずに終わるのであった。

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