マラソン大会前
ある日の放課後。
教室で雑談をしていると竹塚から、ある話題を振られる。
「今年もあの時期が迫ってきましたね。」
「あぁ。」
「安達、1つ頼みがあるのですが、聞いてくれますか?」
「断る。」
「安達、1つ頼みがあるのですが、聞いてくれますよね。」
「断る。」
「どうしてですか?僕たち友達ですよね?友達が困っているのに話すら聞いてくれないんですか?」
「内容にもよるし、基本的に頼みは聞くけど、
どうせまたマラソン大会で一緒に走ってほしいって内容だろ?」
「はい。」
至極当然と言わんばかりの表情で頷く竹塚。
なんでその頼みを聞いてもらえると思っているんだよ。
そもそも………
「竹塚、遅いとかそういう次元じゃないんだよ。早歩き程度の速さで走ってる?からめちゃくちゃ時間かかるじゃん。それだったら普通に走って、ゴールしてからグダグダしてる方が楽なんだよ。」
そう、遅いのだ。
走っていると表現していいのか迷う程度には遅い。
全力を出すと言う訳ではないけれど、竹塚のレベルに合わせて走るつもりもない。
確かに早歩き程度の速さで走るのは楽だろうけど、ずっと走り続けるよりもほどほどに早く走り終えて休みたいのだ。
「それならもう1往復くらいしていきませんか?」
「嫌に決まってるだろ。そんな事するのは沙耶くらいだ。」
「正月に蓄えたカロリーを消費するって言って走ってましたね。でも脂肪よりも筋肉の方が重いので効果は薄そうですが。」
「蓄えたと言うか、食べ過ぎたと言うか………いや、この話は止めよう。なんだか悪寒が………。」
追加で往復なんて、ただただ疲れるだけだ。
理由もなくそんな苦行に身を投じる気にはなれない。
それこそ沙耶くらいだろうと話をしていたが、身の危険を察して話を止める。
教室内に沙耶はいないが、それでも聞かれていたら私まで往復に巻き込まれそうだ。
やっぱり自分の身の安全が第一だろう。
「それによく聞く話じゃないですか。『マラソン大会で一緒に走ろう』って約束。」
「それ大体途中で裏切られる約束だろ。」
「安達は友人を裏切るような人じゃないって信じたいですよ。」
「『信じてる』じゃなくて『信じたい』かよ。」
だから一緒に走ってくれと言う事か。
信じさせてくれと言う事か。
「まぁ、そもそもそんな約束しないけど。」
「えぇー、薄情ですね。」
「別の内容だったら考えてたけど、これは聞けない頼みだ。」
日頃頼っている分、力になってやりたいとは思うけど、この頼みは聞けない。
例に挙げるのであればテストで私と同じくらいの点数を取るようにしてほしいと言っているようなものだ。
「そうだ、良い事を考えました。」
「嫌な予感がするんだけど。」
「安達が僕を肩車で持ち上げて走ればいいんです。」
「却下。」
「いくら小柄で体重も軽いとは言え、竹塚を肩車して走れるか!」
普通に走る以上に疲れるじゃん。
なんなら竹塚がただただ楽できるだけじゃん。
そもそも先生に止められるだろう。
「じゃあ親方に頼みましょう。」
「体格的にもスタミナ的にも問題なさそうに見えるけど、普通に諭されて断られると思うぞ。」
親方に頼んだところで断られる未来しか見えない。
「あーあ、僕は常日頃、課題を手伝ってあげたり、勉強を教えてあげているのに、頼らせてはくれないんですねー。」
「ぐっ………。」
それを言われると弱い。
何とかして竹塚の為になる事をしてやりたいところだが………。
「そうだ。これからマラソン大会まで毎日、一緒に放課後に走るか?」
「断固拒否します。」
「だよなぁ。」
面倒くさいし、何より断られると思ったから出さなかったが、案の定だった。
そもそも今から走り込みをしてもマラソン大会で効果が出るか怪しいし、竹塚は自ら進んで運動をしたがる訳がなかった。
「それなら当日応援して下さい。」
「応援?それだけでいいのか?」
「はい。」
「まぁ、それくらいなら………。」
これまであの手この手を考えてきたが、急にランクを下げた妥協案を出してきた。
若干不思議に思いながらも、『それくらいならば私も受け入れられるし』と承諾する。
「それじゃあ当日は僕が走ってる時に横で応援してて下さいね。」
「あぁ、分かっ………ん?」
あれ?ちょっと待てよ。
それって………
「どっちにしろ私が竹塚と一緒に走る事になるんじゃ………?」
「言質は取りましたよ。よろしくお願いしますね。」
「いやちょっと待て!」
「さて、当日の憂いも無くなった事だし、帰りましょうか。」
「無くなってない!無くなってないから!」
話を始めた時の憂鬱そうな表情とは打って変わって明るい表情で帰り支度を始める竹塚。
憂いしか残ってないから帰るのは少し待て。
その後も帰り道で交渉を続けるが、結局内容の改定に至る事はなかった。
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