路面の氷
ある日の帰り道で、
「せいっ!」
「子供か?わざわざ路面の氷を踏みに行くなんて。」
「伊江、勘違いしてもらっちゃ困るぞ。」
「高校生はまだまだ子供だとでも言うのか?それともいつもみたいにロマンがどうのと言うのか?」
「違う。いや高校生ならまだ子供で通るとは思うけど、氷にロマンを感じない訳でもないけど、今回はそういう事じゃないんだよ。」
私が路面に張った氷を割っていると、伊江に茶化される。
なんとなく楽しいし、大人になっても割る人は割ると思うぞ。
しかし、どうやら伊江は私の壮大かつ崇高な考えに気付いていないようだ。
伊江にも教えてやるとしよう。
私が路面の氷を割っている理由は………
「世界平和のため、罪なき人々の為にこうして氷を割っているんだ。」
「何言ってんだ、こいつ。いくらなんでも規模がデカすぎだからな?」
欠片も理解してもらえなかった。
私の考えが広大なのは認めるが、世界平和のため、罪なき人々の為に氷を割っているというのは事実だ。
仕方がない、伊江にも分かるように1から説明をしてやろう。
「ほら、路面の氷ってツルッツルだろ?」
「そうだな。」
「ツルッツルだと滑るだろ?」
「そうだな。」
「だから世界平和と罪なき人々の為に割ってるんだよ。」
「そっからが分からねぇんだよ。飛躍しすぎだからな?一足飛ばしどころか十足飛ばしでも足りないレベルだからな?」
むむむ、それならもう少し細かくして説明しよう。
途中までは理解できていたようだし、この先の話を聞けばきっと伊江も理解する事だろう。
「滑ると転ぶだろ?」
「そうだな。」
「転ぶとケガするだろ?」
「そうだな。」
「下手したら命にも関わるだろ?」
「まぁ、そうだな。」
「命を落としたら、その人の周りの人、親とか友達とかが悲しむだろ?」
「そうだな。」
「悲しみと絶望が世界を包み込むだろ?」
「大袈裟だけど、悲しみが伝わって広がるってのはまぁ理解できるな。」
「人々が争いを始めるだろ?」
「は…………?」
「戦争が始まると色々な人が死ぬだろ?」
「……………。」
「世界中の人々が死んだら世界が滅ぶだろ?」
「……………。」
「つまりはそういう事だ。」
だから私は路面の氷を割っているんだよ。
伊江も途中から相槌を忘れて真剣に聞き入っていたし、これで納得してもらえただろう。
「安達、お前ってほんっとに………」
「なんだ?誉め言葉か?私は当然のことをしているまでだけど、素直に受け取るぞ。」
「馬鹿だよな。」
「誉め言葉以外は返却するぞ。」
「残念だろうけどクーリングオフの対象外だな。」
「んん?今クリーニングの話はしてないぞ。」
「安達、お前って本当に馬鹿だよな。」
「大事な事じゃないんだから繰り返すんじゃない。」
感心しているかのように見えたが、呆れの表情だったようだ。
そして出てきた言葉は誉め言葉とは真逆の言葉だった。
「お前は氷で滑って転んだことが無いから事の重大さが理解できないんだよ。」
「え、と言う事は安達は滑って転んだのか?」
「……………ソンナコトナイヨ。」
「片言じゃねぇか。」
私の事を疑う伊江。
違うんだ。私は未来に起こりうる不慮の事故の芽を摘もうと考えているんだ………。
「そうか、転んだのか。…………ウケるな。」
「笑うな。そんな目でこっちを見るな。あとそんなことないって言っただろ。証拠はあるのかよ、証拠は。」
「そりゃ証拠なんて………ん?竹塚からメッセージだ。動画だけ送られてきたな。」
しかし伊江は私の否定をスルーして、ニヤニヤした表情で私をあざ笑う。
証拠がないのに決めつけるなと主張しようとすると、ちょうど伊江のスマホに竹塚からのメッセージが届く。
そこには………
「安達、さっきお前は証拠がないって言ったよな?」
「あぁ、言ったよ。それがどうした。」
「これを見な。」
「は、動画?『氷が張ってるぞ!割に行こう!………(ツルッ)うわっ!(ドサッ!)痛っ!』…………」
私が以前竹塚と下校していた時の動画が映されていた。
いつの間にこんな動画撮ったんだよ。
これ見よがしに伊江は勝ち誇ったかのような表情をしているし。
「これが動かぬ証拠だな。」
「動画なのに?」
「……………。」
「なんでもない。忘れてくれ。」
思ったことをそのまま言ったが、うん。今のは滑った。
「これを忘れるのは無理だな。そもそも手元に動画があるし。」
「動画消せ。」
「竹塚に言いな。多分俺の所に届いたって事は、他の連中にも拡散してると思うからな。」
「竹塚ぁ!」
確かに竹塚の事だから伊江だけでなく、他の奴らにも送っている可能性は非常に高い。
何としてでも竹塚に元データを削除させなくては………。
その後、帰宅する前に進路を変えて元凶の家に突撃するのであった。
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