柑橘系の香り

「やぁ、安達くん。」

「青井か。………なんだかレモンっぽい良い匂いがするな。」

「セクハラかい?」

「違うよ!でも気に障ったらなゴメン!」


沙耶が凄い形相でこっちを見ている。

今すぐにでも私の首根っこを掴まれそうなレベルだ。


「あはははは、冗談だよ。」

「勘弁してくれ。」


その冗談で奪われる命があったかも知れないんだぞ。

今回はセーフだったが、その冗談がもう少しでも続いていたら私は今頃、閻魔様に言い訳をする羽目になっていただろう。


「と言うか、香水って校則で許されてたっけ?」

「いや、虫除けのオイルの香りさ。」

「あぁ、これからの時期って蚊が鬱陶しいからな。」


暑くなってくると虫が増える。

特に夏場の蚊は厄介だ。

私も毎年、部屋に入り込んだ蚊と激闘を繰り広げている。


「ちなみにレモンの香りがするのはレモンユーカリって言う植物を精油したオイルを使っているからさ。」

「へぇ。」

「他にもシトロネラって言う柑橘系の香りがする植物もよく虫除けのオイルに使われていたりするね。だから世間では虫は柑橘系の香りを嫌うってイメージを持たれたりもしてるね。」

「初めて知った。」


O型の人とか、汗っかきの人とかが蚊に刺されやすい、みたいな話は聞いた事があったような気がするが、そっちは初めて知った。

しかし柑橘系の匂いか………。






「さて、今日はなんで職員室に呼びされたか分かりますか?」

「保木先生、全く心当たりが無いです。」

「学校に来た時の姿をもう一度、鏡で見てから今の言葉を言ってみて下さい。」


鏡を見てからと言われても、いつも通りの私が映るだけだと思うんだけど。


「制服を着て学校に来ました。」

「それだけじゃないでしょう。」

「カバンを持って来ました。」

「それだけじゃないでしょう。」

「私は教頭先生みたいにカツラは被って「それでもありません!」えぇ………じゃあ何なんですか?」


うーん………、私は別にお説教されるような恰好はしていなかったと思うんだけど、一体何だろうか。


「なんでミカンの皮で出来た上着?らしきものを着て来たんですか!」

「先生知ってますか?蚊って柑橘系の匂いが嫌いらしいんですよ。」

「そう言う事じゃありません!」


これからの時期は蚊対策が重要だから、当然の行いをしたまでなんだけど。

あぁ、そうか。


「確かに私も問題があるとは思っていましたよ。」

「そうでしょう。そこをもっと意識してほしかったですね。」

「結構風通しが悪くて蒸し暑かったです。」

「そうじゃありません!」


思いの外、しっかり縫い合わせ過ぎて風通しを考慮できていなかった。

暑い時期にわざわざ蒸し暑い恰好をしては汗をかいてしまい、それに蚊が引き寄せられるだろう。

そうなってはミカンの皮を身に纏った意味が無くなってしまう。


「ミカンが美味しかったです。」

「そう言う事を言いたいんじゃありません。………って、この上着を完成させるだけの量を食べたんですか!?」

「はい。」

「明らかに食べ過ぎでしょう………。」

「でも大半は沙耶が食べてくれました。」


沙耶にミカンを食べるか聞いたら二つ返事で了承してくれた。

皮を剥いたミカンがドンドン消えていくので、途中から楽しくなって必要な量以上に剝いてしまった。

その結果、皮を全部使おうとしたら風通しの悪い上着が出来てしまったという訳だ。


「徹夜とまではいきませんでしたが、夜遅くまで頑張った甲斐があって蚊に刺されませんでした。」

「それは良かったですね。でもその努力はもっと別の事、特に勉強に向けて欲しかったですね。それから睡眠不足は健康に悪いので夜はちゃんと寝て下さい。」


睡眠不足は学校で補えるし、問題無い。

それと勉強ではない事だからこそ努力する気持ちになれるのであって、勉強を頑張れと言われても同じような熱量で努力するのは不可能なのだ。


「そもそもミカンの皮で上着なんか作らなくても虫除けスプレーを使えば良かっただけの話です。」

「なんだかミカンを食べたい気分になって………。」

「だからと言ってこんな形で皮をリサイクルしないで下さい。」

「はーい………。仕方が無いんでこれは教頭先生のカツラ代わりに………。」

「しないで下さい!」


でも教頭先生、さっきからずっとこっち見てるし、本当は欲しいんじゃないだろうか。

そこまで熱烈に見られては私の努力の結晶を譲る事も考えざるを得ない。

頭を蚊に刺されてはカツラも付けられないだろうし、良い思いやりだと思うんだけど、保木先生は必死にそれを否定する。

何がマズいんだろうか?詳しく説明してもらわなければ納得が出来ない。

是非とも保木先生の口から説明してもらおう。

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