ティッシュ配り

課題を手伝ってもらっていた、ある日の放課後。

突如竹塚が語り出す。


「僕は自分の事を器の小さい人間とは思っていませんが、それでも悲しみや怒りを、理不尽を無条件に受け入れられるほど、出来た人間ではないんです。」

「どうした竹塚?」

「聞いてあげたまえ、安達くん。竹塚くんの身に降り注いだ喜劇を。」

「長谷道?」

「おっと間違えた。悲劇だった、悲劇。」


竹塚は悲観的に語るが、長谷道曰く喜劇と言う。

まぁ他人から見れば面白かったのかも知れない。


「それは他人から見たら喜劇だって言いたいんですか?この怒りは忘れませんよ?」

「冗談じゃないか。大切な親友を相手に私が本気でそんな事を言う訳が無いじゃないか。」

「つまり親友ではない僕には本気でそんな事を言うって事ですね。」

「え?」

「え?」


そうだぞ。

その男は割と誰にでも都合よく親友だの友達だのを自称するからな。

竹塚の真の親友、心の友はここにいるぞ。


「いや、掘り下げないでおくよ。それよりも安達くんに話を聞いてもらおうじゃないか。」

「そうですね。聞いて下さい、安達。」

「聞くけど、一体何があったんだ?」

「あれば道を歩いている時の事でした。」

「私と一緒に買い物に行っていてね。」

「その道中、ティッシュ配りの人がいたんですよ。」


あぁ、偶に街中で見るアレか。

私も通り際に貰った事があるな。


「僕たちの前を歩いていた人は普通に貰えていたのに、僕はスルーされたんですよ!」

「めっちゃ面白かったね。」

「長谷道?」

「何でもないよ。話を続けようじゃないか。」


なるほど。そういう事か。

確かに自分だけ貰えなかったら、なんか釈然としない。

しかし、


「そんなにティッシュが欲しかったのか?」

「いえ、別に。」

「じゃあそんなに怒る事ないじゃん。」

「それはそれとしてスルーされたのは腹が立ちます。それだけなら、わざわざ話題に上げたりはしないんですけど………。」

「けど?」


ティッシュ配り位なスルーされただけではそこまで腹が立つわけではない。

竹塚が怒りっぽいという訳ではないし、その理屈には納得できる。

その上で、と言いたげに竹塚は話を続ける。


「長谷道、さっき僕に言ったセリフ、もう一度言っても良いですよ。」

「なに、気にする事はないさ。灯台下暗しって言うだろう?つまり背が高い人ほど、自分の視点より下の物が見えづらいんだ。ほら、下を向いて歩いていないと落ちている小銭に気付かないのと一緒だよ。」

「どう思いますか、安達?こんな人を人とも思わないような悪魔のような、非人道的な、獣にさえ劣る、極悪人が僕の親友面してるんですよ?」

「んっふ……っふ……そ、それは…………ふふふ………酷いな……。」


笑ってはいけない。

そう考えると余計に笑いそうになる。

しかし笑ったら竹塚に何を言われるか分かったものではない。

ここは耐えなくては。


「安達は昔、箪笥の角に足をぶつけた時に友達として、この悲しみに共感してほしいって言ってましたよね。」

「そう言えばそんな事もあった気がする。」

「安達はこの悲しみに共感してくれますか?」

「何を言っているんだい。安達くんの身長じゃ共感のしようが無いじゃないか。」

「長谷道には聞いていないので黙っていて下さい。永遠に。」

「最後で急に辛辣になったね!?」


変な茶々入れてばっかりなんだから残念でもなく当然だろう。


「安達はいつも友達の事をもっと思いやるべきだって言ってますよね。」

「そうだな。」

「安達は僕の事を、僕の心の傷を思いやってくれますか?」

「もちろん。友達なんだから当たり前だろ。」

「足元の小銭。」

「っふ…………!」


長谷道、私が良い感じの雰囲気で竹塚を慰めようとしているのに、ボソッと小声で変な事を言うんじゃない。

その囁きは卑怯だろう。

思わず笑いそうになったぞ。


「そうですよね。安達なら、笑ったりしないですよね。」

「昔話の主人公になれそうだよね。一寸法師って言うんだけど。」

「…………!」


こいつ、調子の乗って他の事も言い始めたぞ。


「これで爆笑しようものなら金輪際、課題も勉強も手伝わないつもりでしたよ。」

「かくれんぼで隠れる必要が無いってズルいと思わないかい?」

「………ふっ……!」


竹塚の支援を受けられなくなる訳にはいかない。

しかし長谷道の口撃が続く。

このままの状態が続くと、途中で噴き出しかねない。


「竹塚、私の後ろで悪魔が囁くんだけど。共感とか思いやりとかの前にこいつをどうにかしたいんだけど。」

「安達、そいつは悪魔なんかじゃありませんよ。」

「そうだそうだ!」

「え?ここに来て長谷道の味方するの?」


ここは私の味方になって長谷道を黙らせるべきではないのか?


「そいつはただのクソ野郎ですから。」

「酷い!」

「人の身長を延々と弄ってくるようなロクデナシは全身複雑骨折して一生墓の下で暮らせば良いんですよ。」

「墓の下って死んでるよね!?」


違った。結構怒ってるだけだった。

まぁ長谷道だし、特に竹塚を止めるとかはしないで良いや。

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