利き手
「うおおぉぉぉぉぉ!」
「ふんぬあぁぁぁぁ!」
「あんたたち何やってんのよ。」
私は丹野と共に特訓に勤しんでいると、沙耶に声を掛けられる。
「見て分からないか?」
「分からないから聞いてんのよ。てか、ペンを持って叫んでるだけで何やってるかなんて分かる訳ないじゃない。」
「よく見て欲しいぜ。この努力の成果を!」
「何これ?子供の落書きの方がまだ分かり易いわよ。」
私を昔から知っているのなら、何をやっているのかくらい一目で理解してほしい所だ。
しかし子供の落書き以下って酷くないか?
私も丹野が何て書いたのか分からないけど。
「私の手元をよく見るんだ!」
「手元?別に普通にペンを持ってる………敦、あんたって右利きだったわよね?」
「もちろん!」
「なんで左手でペンを持ってるの?」
ようやく気付いてくれたか。
そこまで理解出来れば、後は言うまでもないだろう。
しかし敢えて説明してやろう。
「左利きの練習をしてたんだ。」
「はぁ?左利きの練習?何言ってんの、あんた。」
「これには深い理由があるんだぜ。実は………」
沙耶に声を掛けられる30分前。
「聞いてくれ、丹野。この前知ったんだけど、『左を制する者は世界を制する』って言葉があるらしいんだ。」
「マジかよ安達。でもオレ、右利きだぜ。残念ながら世界を制せないぜ。」
「じゃあ私が世界を制する。なんかしらで。」
「え?安達って左利きだっけ?」
「いや?右利きだけど?」
「じゃあダメじゃん。なんでそれで世界を制するなんて言い出したんだよ。」
私は丹野と雑談をしていた。
その時の話題に利き手の話を上げたのだ。
しかし丹野は自分は右利きだ、左利きではない、などと諦めに満ちたセリフを吐く。
「馬鹿野郎!諦めたらそこでお終いだろ!今から左利きの練習をすれば良いんだよ!」
「安達………!そうだ、お前の言う通りだぜ!俺は危うく、大切な事を忘れる所だったぜ!ありがとよ、安達。」
「気にするな。私たちの仲だろ。」
バスケ部の丹野が諦める姿なんて見たくないからな。
友情と努力が揃えば、後は勝利するだけだ。
「でもよ、左利きの練習って何すりゃいいんだ?」
「それは………何だろう。」
友情はあったけど、努力は揃ってなかった。
これから揃える段階だった。
さて、何をすれば良いだろうか………。
私と丹野は頭を悩ませる。
最初に発言したのは丹野だった。
「そうだ、昔見たテレビで皿に乗った豆を箸で掴んで隣の皿に移動させるってのを見たことがあるぜ。アレを左手でやれば良いんじゃねぇか?」
「丹野、皿が無い。箸も無い。豆も無い。かと言ってわざわざ買って来るのも面倒だ。」
「じゃあどうする?」
確かに悪くは無いアイデアだ。
しかし道具が無いのだ。
買いに行くのも面倒なのだ。
しかし、そのシンプルな考えは良い。
お陰で良いアイデアが思い付いた。
「良い事を思い付いたぞ。使うのはこれだ。」
「ノートとシャーペン?」
「左手で文字を書けるんなら、大体の細かい動作だって出来るようになってるはずだ。」
「なるほど!ナイスアイデアだぜ!」
「って訳で、左手で文字を書く練習をしてるんだ。」
「なるほど、前々から馬鹿だと思ってたけど………」
ふっ、私達の諦めない姿勢と発想の転換。
これは沙耶でも見直さざるを得ないだろう。
「やっぱり馬鹿ね。」
「酷いぜ!?」
「今のは見直す流れだっただろ!」
訂正、見直す気皆無だった。
でも諦めずに努力する姿勢は褒められても良いのでは?
そんな事を考えていると、丹野は沙耶に質問をする。
「ちなみに入屋は利き手どっちだ?」
「あたしも右よ。」
「なるほど。つまり入屋に世界は制せないって事か。だからオレ達の事を馬鹿扱いしてたんだな。嫉妬は醜いってえぇぇぇ!」
「嫉妬じゃないわよ。勝手に変な解釈しないでくれる?」
丹野は沙耶の嫉妬から馬鹿扱いされているんだ、と言った瞬間にアイアンクローが炸裂する。
余計な事を言わなければ、そんな苦痛を味わう事は無かったものを。
やはり丹野は馬鹿扱いされても仕方が無いな。
それに、私は沙耶を信じているぞ。
「おいおい丹野、沙耶をあまり侮らない方が良いぞ。沙耶だったら世界を制することだって出来るって、私は信じてるぞ。」
「敦………。」
「大食い世界チャンピオンとか、痛たたたたたたた!」
私の発言と共に、沙耶の手の平が眼前に迫る。
その瞬間、僅かに見えた沙耶の眼が言っている。
あたしに世界は取れなくても、あんたたちの命くらい簡単に取れるのよ、と。
流石は私の幼馴染だ。容赦がない。
そんな事を考えながら、意識は遠退いて行った。
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