時計

「なぁ、凄い天才的な事を思いついちゃった。」

「お前が天才的って言うって事は大したことなさそうだけど、聞くだけ聞いとくぜ。」


私は丹野に画期的な、天才的なアイデアを思い付いたと伝えたが、この脳みその小さい男では私の天才性は理解できないかもな。

だが寛容な私は丹野にも教えてやる。

そう、




「教室の時計を進めておけば授業が早く終わるんじゃないか、と。」

「おいおい、安達。」


丹野は目を閉じて笑みを浮かべ、間を開ける。

なんだ、早く言え。


「お前、天才だわ。」

「だろ?」


そしてカッと目を見開いて私を称える。

そうだろうそうだろう。この画期的で天才的で悪魔的な発想を出来る人間なんてそういない。

これには丹野も認めざるを得まい。


「そうと決まれば早速教室の時計をずらすぞ!」

「おうよ!」


これで授業を早く終わらせることが出来る。

しかしこれは他のクラスメイトには伝えない。

英雄と言うのは皆に知られる事がなくとも大事を成すのだ。

陰で皆の為に活躍する。カッコいいな、私。


「いや、おうよ!じゃねぇよ。おめぇら何言ってんだ。」

「おっと親方、邪魔しないで貰いたいぜ。」

「授業が少し楽になる。これは親方にとっても悪い条件じゃないはずだろ?」


どうやら会話を聞いていた親方が止めに来たようだ。

力じゃ絶対に敵わないから言葉で説得するとしよう。

こちらには『授業時間を短縮してを楽出来る』という学生にとって最強の正義を掲げているんだ。きっと親方もすぐに説得できるだろう。


「あのなぁ、勉強は学生の本分だろうが。楽出来るのは良いが、勉強を疎かにするのは違うと思うぞ。」

「おい安達、どうする?メッチャ正論で反撃されたぜ。」

「学生の本分とか先生が言い出しそうなこと言ってきたし、反論のしようがない。」


真正面から正論で返されたら困る。でも少しくらい楽したいじゃん?


「親方、何も授業時間をゼロにしようとしているんじゃないんだ。少しだけ、そう、ほんの少しだけ授業時間を短縮しようとしているだけなんだ。」

「そうだぜ。時計を少しずらすだけなんだから、そこまで問題にはならないはずだぜ。」

「というか、時計をずらすって言っても、その次の日からずらした分早く始まるだけだろぉ。」

「「はっ!」」


親方は根本的な、しかし致命的な問題を指摘した。

確かに一回時計をずらしたくらいじゃ意味がない。

しかしそれなら、


「一日ごとに時計をずらし続ければ問題ないな!」

「確かに!」

「問題しかねぇよ。」


問題を指摘してきた張本人に否定される。

おかしい、まだ何か問題あるんだろうか。


「考えてもみろ、一回の授業を五分短くしたとしよう。」

「まぁ妥当な時間だな。」

「それが十回分短縮される。」

「うん。」

「すると授業一回分の時間が無くなんだよ。」


それくらいは言われずとも分かる。

これくらいの単純な計算も出来ない程に頭が悪いと思われていたのだろうか。だとしたら心外だ。


「授業一回分も楽が出来るなんて素敵だろ?」

「違う、俺が言いてぇのはそういう事じゃねぇんだ。」

「分かった!」


丹野が挙手する。

私にも分からなかった問題がお前に分かるとは思えないが、とりあえず話させておこう。


「それなら一回の授業で時間を五十分短くした方が時計をずらす手間が省ける!」

「違ぇよ。」


丹野は胸を張って自信満々に答えるが間髪入れずに親方から否定される。

当たり前だろう。そんな事したらすぐにバレてしまうから細かく刻んでいると言うのに。

やっぱり丹野は丹野だな。


「安達、呆れた顔してるが根本的に俺が言いたいことは理解出来てねぇだろぉ。」

「ソンナコトナイヨ。」

「片言じゃねぇか。」


親方は私たちとは物理的にも精神的にも視点が違うから、分からなくても仕方がないと思うんだ。


「あのなぁ、授業が一回分無くなるって事はその分詰め込まなくちゃならねぇんだよ。テストだってあるから授業時間が短くても範囲は変えられないだろぉ?そぉなると普段の授業で無くなった一回分を補填しなくちゃならねぇ。つまりその分授業が大変になるってこった。」

「「マジで!?」」


それはつらいな。授業中は遊んでたり寝てたりボーっとしてる事が多いけど。

それでも、その分課題が増える可能性も十分あるって考えられる。

うん。無しだ。楽をしたいのに苦労が増えるなんて嫌過ぎる。


「丹野、この作戦は中止だ。」

「俺は最初から無謀じゃないかって思ってたぜ。」

「嘘つけ、ノリノリだったじゃねぇか。」


都合の良い奴め。こいつ、後で適当に口車に乗せて時計の時針と分針を逆にさせるように誘導してやろうか。


「安達、丹野。」

「なんだよ、親方。時計ならもうずらさないぞ。」

「そりゃ当たり前の事だ。そうじゃなくて、勉強で楽がしたいなら真面目に勉強するのが一番だろぉ。学問に王道なし、実力が付いてくりゃ後々楽になると思うぜ。」


親方、それはまっとうな意見過ぎる………。






私たちはなんで楽がしたいかって?

勉強するのが面倒くさいからさ!


課題とかテスト対策はするけど。

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