船長

「船長になりたい。」

「泥船のか?」

「違う。なんで私が泥船の船長になりたいと思ったんだ。」

「そうですよ、伊江。」


いいぞ竹塚。私に代わって論理的に説明してやってくれ。

わざわざ自分から泥船の船長になりたいなんて望む奴はいないって。


「安達が泥船の船長になるんじゃないです。安達が船長になったら乗っている船が泥船になるんです。」

「確かにその通りだな。悪い、言い方が間違ってたな。」


竹塚。論理的に説明して伊江を納得させてくれるのは良いんだけど、方向性が違う。

なんで私が船長だと乗る船が泥船になるんだよ。


「不満そうな顔をしてるな。安達、船に乗る上での知識はあるのか?」

「これから身に着ける。」

「よし、泥船確定だな。」


最初からなんでも知ってる人間なんていないと言うのに、何故そうも否定するのか。


「少なくとも何も知らないのに、いきなり船長になりたいなんて言い出す奴の船に乗りたがるもの好きは居ないだろうな。」

「え?伊江は付いて来てくれないのか?」

「むしろなんで付いて行ってやると思ったんだよ。」


友情に厚い友達なら付いて来てくれると思ったんだが、伊江はその程度だったと言う事か。


「そもそも船長になって何がしたいんですか?」

「船に乗って世界1周したい。」

「旅行行けよ。」


竹塚に根本的な質問をされ、答えを返すが、やはり伊江は伊江か。

私は分かってないな、と言いたげにため息をついて説明をする。


「伊江、豪華客船に乗って世界を1周するのも確かに良いだろう。だけど、私は船長として大いなる海に漕ぎ出し、冒険の末に世界を1周したと言う栄誉とロマンが味わいたいんだ。」

「そうだったんですか。僕は安達の事だから先程の世界史の授業で大航海時代の話をしていたので胡椒で一儲けしようと考えていたのかと思っちゃいましたよ。」

「ソンナコトナイヨ?」

「片言じゃねぇか。てか一儲け出来た時代が昔過ぎるだろ。」

「でも地球が誕生して46億年って言うし、それと比べれば些細な違いじゃないか?」

「人間の寿命で考えたら全然些細じゃないし、お前一回スーパーに行って胡椒の値段確認してみろ。」


やれやれ、伊江はちゃんと授業の話を聞いていなかったのか?


「胡椒が高く売れるのはヨーロッパだぞ?日本のスーパーで値段を確認しても参考にならないだろう。授業は真面目に受けるべきだぞ、伊江。」

「そうだな。それじゃ一回ヨーロッパのスーパーに行って胡椒の値段を確認してみろ。あとお前にだけは真面目に授業を受けろとは言われたくない。」


馬鹿な、私はいつだって真面目に………

割とそこそこの頻度でそれなりに、時として空想に励んだり疲弊した身体を休ませたり脳を休眠させたりしつつも、真面目に授業を受けているぞ!


「仮に船長として海に出ても海賊に襲われそうですよね。」

「大丈夫だ。むしろこっちが海賊を襲ってやるぞ。」

「負けて海の藻屑にされそうだな。」


問題ない。海賊の漫画なら読んでるし、悪魔の実を食べた敵がいたら頑張って海に突き落とす。これで完璧だ。


「昔の海賊を想定していそうですけど、安達はどんな船で航海に出るつもりですか?帆船、大航海時代の様に帆を張って風と波に乗って進む船を想定しているのですか?」

「そりゃそうよ。」

「現代の海賊はバリバリ現代装備の船に乗って銃火器で武装してますよ。帆船に乗っている状態で狙われたら逃げられないでしょうね。」

「マジか。普通海賊って言ったら、昔あったような大砲を積んだボロい帆船に乗ってて、頭にはバンダナを巻いて眼帯を付けて片腕はフック、武装は剣とか斧、拳銃のめちゃくちゃ古いバージョンを持ってるものじゃないのか。」

「今時そんな海賊いたらコスプレにしか見えないな。」


夢が壊れた。現代の海賊はもっとロマンを大事にしてほしい。そんなんじゃ海賊失格だ。


「正しい海賊の在り方ってものを現代の海賊は忘れてしまったのか。」

「そもそも海賊自体が正しい存在じゃないけどな。」

「まぁ昔の船乗りの生活がヤバすぎて逃げ出して海賊になったって言う話は結構あるので、受け皿的役割が無かったわけでもないんですけどね。」

「え?そんな理由で?」


冒険やロマンを求めてこその海賊だと思う。

でも生活がヤバいからってどんだけ酷い船乗り生活送ってたんだよ。


「船に乗っている以上周りは海ですからね。新鮮で美味しい食事なんてあるはずもなく、真水は手に入らず、まとまった食料も寄港するまでは補給できません。更には補給もケチられて質の低い食料しか手に入りません。しかもその関係で栄養面、衛生面も最悪です。栄養不足で病気を患い、それが不衛生な環境でパンデミックが起こり、死人は続出。船員の扱いは船長の裁量次第ですが、基本的にあの時代に人権なんて無いので阿鼻叫喚の地獄絵図だったそうですよ。」

「うわぁ………。」

「酷いもんだな。」


この世の地獄とはこの事か。


「それで、安達は大航海時代にあったような帆船で大冒険に漕ぎ出したいんでしたっけ?」


竹塚に再度問われる。

そんなの、答えは決まり切っているだろう。




「豪華客船に乗って世界1周旅行とか、行ってみたいよね。」


あんな話を聞いて大航海時代スタイルで海に出たいとは思わないに決まってるだろ。

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