教科書の人物は

ある日の放課後。


「さて、何と言う人物でしょうか。どう思いますか?」

「うーん、犬を連れててがっしりした体型だから犬山太。」

「いや、こいつは親方っぽさを感じるから、きっと梅嶋牛之助だぜ。」

「では正解を発表しますね。正解は『西郷隆盛』です。」

「惜しかったぜ。」

「と言う事は親方って西郷隆盛の子孫なのか。」

「いや違うと思いますけど。」

「でも確かに首から上に親方の顔写真を張ったら、しっくり来そうだと思うぜ。」


私は竹塚、丹野と共に教室である遊びを楽しんでいた。

すると教室の扉が開き、


「じゃあ次の人物は………。」

「お前ら何やってるんだ?雰囲気的に課題っぽくは無いな。」

「お、伊江じゃん。」

「今日はバイトは?」

「休みだけど、ちょっと忘れ物をしてな。」


伊江が現れた。

どうやら今日は暇なようだ。


「で、何やってたんだ?」

「教科書に載ってる人物の写真だけを見て、どんな名前か予想する遊びだぞ。」

「そうだ、伊江もやろうぜ。」

「相変わらず馬鹿な事してるな。まぁ暇だから参加するけど。」

「馬鹿な事って言いつつ参加するのかよ。」


参加するなら私達の遊びを馬鹿な事扱いしなくても良いだろう。

むしろそう言ってしまう事で馬鹿な事に参加している事になるぞ。

まぁ別に良いけど。


「じゃあ気を取り直して、この人物です。」

「これ、織田信長だろ?簡単だな。」

「ふっ、これだから初心者は………。」

「伊江はまだまだアマチュアって事だぜ。」

「は?」


竹塚が次の問題を出題し、伊江が即答する。

しかしその答えは私たちが期待するものでは無かった。

この遊びを始めたばかりだから仕方がないが、それでも呆れてしまうぞ。

私達はクイズをやっているんじゃないんだ。

遊びをやっているんだ。


「別に正解を当てなくても良いんだよ。むしろそれっぽい名前を考えて遊ぶんだから、正解なんて無いんだ。」

「そうだぜ。遊び心が無いぜ。」

「じゃあそう言うお前らはどんな名前を考えたんだよ。」

「東武禿蔵だろ。」

「肩張三角だぜ。」

「良いですね。でも当時はちょんまげが当たり前なので禿蔵はポイント低めですね。一方で三角はなんだか出家に伴って改名した感があって時代にもマッチしていてグッドです。」

「何言ってんだ、こいつら…………。」


伊江は私たちのやり取りを呆れた表情で眺めているが、呆れたいのはこちらの方だ。

もっと遊び心を出していった方が楽しいぞ。

いつもの悪ノリモードくらいノリノリでやってくれたら、こちらとしても嬉しい限りだが。


「参加して初めての伊江は苦戦を強いられているようですが、時間は止まってはくれません。次の人物です。」


伊江の納得を待たず、竹塚が次の問題を出題する。

竹塚が指し示した人物を見て、


「真黒黒介だ。」

「いや、こいつは何加持津人だぜ。」

「伊江はどう思う?」


私と丹野は即答した。

この黒い装い、私の答えはポイント高いぞ。

一方で先程から黙り込んでいた伊江に答えを促すと、少し考え、口を開く。


「………頭佐々里坊ってのはどうだ?」

「ほぉ!敢えての僧侶!最澄空海味があって良いですね!早速この遊びに慣れてきたようで何よりですよ。安達のカラーリングを前面に押し出したネーミングも、丹野の手に持った笏に注目した点も、実に良いですね。」


そうだろう、そうだろう。

一目見た瞬間、全体的な黒さを感じ、すぐに思いついたんだ。

しかし『さいちょーくーかい』って誰だ。あと『しゃく』ってなんだ。

聞き覚えがあるような、無いような響きだな。

まぁ何でも良いか。


「次はこの人物です。」

「これは………」

「何と言うか、存在感のある髭だぜ。」

「じゃあこいつは日下山髭夫だな。」

「あ!最初に髭ネタを使うなよ!」

「そうだぜ!先に使われたら困るぜ!」

「ふっ、早い者勝ちだな。」

「ほらほら、安達と伊江も早く答えて下さい。」

「くっ………、こいつは蝶ネクタイ男爵だぜ!」

「さぁ、蝶ネクタイと言う特徴も丹野に使われた安達はどんな答えを聞かせてくれるんですか?」


一番印象に残る髭ネタを使われてしまった。

次に印象に残る蝶ネクタイネタも使われてしまった。

何か、何かアイデアは………


「うぅん………、そうだ!罰出付髭だ!」

「なるほど、あくまでも自前の髭では無く罰ゲーム説を推すと!良いですね。それに丹野も敢えての男爵と言う爵位を出すことで歴史上の人物感を出していますね。ちなみにこの人物、大久保利通は侯爵だったらしいですね。しかし一方の伊江は少しシンプルでパンチが弱いですね。」

「でもさ、竹塚。安達の髭ネタは俺の二番煎じって感じがしないか?そう考えると俺の方がシンプルで分かり易い、良いネーミングって事になるよな?」

「それもそうですね!」

「待て竹塚!伊江の言う事を聞くんじゃない!」


こいつ、私が必死にひねり出した答えを………!

素直に自分の回答がシンプル過ぎた事を受け入れろよ。


「じゃあ次はこっちの人物です。」

「髭2連続だと!?」

「中々難しい問題を出して来るぜ。」

「はいはいはい!こいつは髭沢髭之進だ!」

「あっ!安達!見た瞬間回答して髭ネタを取るのはズルいぜ!」

「文句があるなら早い者勝ちを主張した伊江に言うべきだぞ。」

「八村八男だな。髭の形的に。」

「残る回答者は丹野ですね。さぁ、回答を!」

「………蝶ネクタイ伯爵だぜ。」


丹野………お前………。

私と伊江は良い感じに答えたが、その回答はちょっと………。


「安達は先手を取る事を優先してシンプルになり過ぎましたね。しかし『なにの進』と言う響きが時代を感じさせるのでプラマイ0ですね。伊江は髭の形に着目したネーミングが光って良いと思います。」


竹塚は私と伊江の回答を評価する。

しかし丹野の回答についてはノーコメントだった。


「オレは?」

「聞きたいんですか?」

「やっぱ止めとくぜ。」

「前に答えた男爵を伯爵に変えただけで面白味に欠けますね。それどころか天丼のようで微妙に違う回答のせいで、逆に前の答えすらもつまらないものにしてしまう恐れのある回答でした。」

「止めとくって言っただろ!それに評価が厳し過ぎるぜ!」

「残念でもなく当然だな。」

「やっぱり丹野は丹野って事だろ。」

「チクショウ!次だ、次!」

「そうですね。次は………」


丹野は一瞬、自分の評価を聞こうとするが撤回し、それを無視した竹塚の無慈悲な評価が下される。

最初から聞かなければ良かったものを………。

悲しそうな表所をした丹野は次の問題を促し、遊びは続くのであった。

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