電柱

「電柱って凄いと思わないか?」

「どうした?頭でもぶつけたか?電柱に。」

「まぁ、安達の突拍子もない言動は今に始まったって事じゃねぇがなぁ。」


丹野、人の話は最後まで聞くように言われなかったのか?

あと親方、私ってそこまで変なことしてるか?思いつき、もとい天啓に従って行動しているだけなのに。


「揺らぐことなく大地に根差し、電力を送ることで生活にも根差す。あいつは凄い奴だよ。」

「言ってることは間違ってないが、前半の表現が大自然の中にある大樹を思わせるんだが。」


電気属性ってなんか自然っぽいから大丈夫。

電柱自体はしっかりと人工物だけど。


「昨日の夜、ちょっと地震で揺れたじゃん?」

「おぉ、そういやぁ、そうだったなぁ。」

「そうだっけ?」

「そん時に見たんだ。部屋の照明についてる紐を。」

「今んとこ全然電柱出てこないが、後どれくらいこの話を聞きゃいいんだ?」


まぁ、待て丹野。焦るんじゃない。私が言いたいことはこの後にあるんだ。


「その紐は結構揺れていた。」

「まぁ、そうだろうなぁ。」

「しかし。」

「しかし?」

「外をチラリと見ると、そこには悠然と直立する電柱の姿があった。」


丹野と親方は呆れた表情をしているが、気にせず話を続ける。


「頼もしい奴だよ、あいつは。地震が起きてもしっかりと自身に自信を持って立ち続け、電気を送り続けたんだ。」

「ジシンジシンしつこいわ。それに電柱が倒れるレベルの地震があったら今日学校になんて来れないっての。」

「日常にある存在に改めて敬意を払えるってのは良いことだけどな。」


そうだろうそうだろう。やっぱり優れた人格者は日頃からあらゆる人、物に感謝することを忘れないのだよ。


「つーか安達の事だから地震が起きてビビッて慌てふためいた後に電柱を見て勝手に感動しただけだったりして。」

「ば、ばばばば、馬鹿野郎!私がじ、地震程度でビビる訳ないだろう!この野郎!侮ってくれるなよ!むしろ私が地震を起こしてやるってくらいだ!それどころか揺るがぬ姿勢で地震自身の自信を打ち砕いてやるわ!」

「めっちゃ早口になってる上に言ってることが意味不明なんだが。」


決してビビってなんかいない。仮にビビっていたのだとすれば、それは地震を前にしても臆さない自身の自信にビビっているな。


「安達。」

「な、なんだよ親方?」

「誰にだって苦手なもんはあるし、ましてや地震ってのは大自然の驚異だ。昔っから地震で連鎖的にいろんな災害が起こったり、人が亡くなったりしてんだ。俺だってガタガタ震えちまうほど地震は恐ぇさ。だからその恐ろしさを理解して、対策していこうや。」

「親方………!」


やっぱ親方は見た目も中身もでっかい漢だ。同年代には見えないくらいに。

それはそれとしてガタイの良い親方が地震でガタガタ震えている姿を想像するとちょっと笑ってしまいそうになる。


「親方が震えるとか想像できないぜ。でもまぁ、地震に備えるってのは確かに大事かもな。」

「そうだぞ。地震はヤバいんだ。めっちゃヤバいんだ。電柱先輩みたいにどっしり構えるのも良いけど、私たちは電柱ではないからな。備えあればなんとかかんとか。」

「『嬉しい』なだろ?てかいつの間に先輩に昇格したんだよ、電柱。」

「丹野、それを言うなら『憂いなし』だっての。備えがあれば確かに嬉しいっちゃ嬉しいが。」


丹野が馬鹿な間違いをしているが、とにかく対策は大事ってことだな。

電柱先輩に心配かけないようにしっかり対策をしていこう。


「しかし地震対策か。非常食とか用意すればいいのだろうか。」

「まぁそうなるな。」

「缶詰とか?カップ麺か?」

「うんうん。」

「あとデザートが欲しいな。アイスとか。」

「うん?」


親方がラインナップに疑問が生じたようだ。

はて、何かおかしな点があっただろうか。

あぁ、そうか。


「おっと失念していた。飲み物も欲しいな。冷たいのが。」

「いや地震発生時にアイスだの冷たい飲み物だのをどこで冷やしておくってんだよ。電気だって止まってるかも知れねぇぞ?」

「親方、大丈夫。電柱先輩がきっと頑張ってくれるはず!」

「いや電柱の事妄信し過ぎだろ。どんだけ昨日の地震の後の電柱に感銘を受けたんだよ。

「丹野、電柱先輩をなめんじゃない!お前に電柱先輩の何が分かるか!」

「いや、むしろお前の方が電柱の何を理解してるんだよ。この自称後輩は。」


何をってそりゃあ、あれだよ。あれ。


「…………電柱先輩が地震にも負けないくらい立派ってことは理解しているぞ。」

「今の間はなんだ、今の間は。」


理屈じゃなくて心で理解してるから。きっと。


「突拍子もない事を言い出していつもの安達だったが、まともな事を言い出して体調でも悪いのかと思った。でもやっぱりいつも通りだったぜ。」

「なんだと丹野、私がまともな事を言うのがそんなにおかしいってのか?」

「少し心配になる。」

「おめぇがそれだけ個性的って事よ。」


丹野は人の事を何だと思っているのか。

私の個性を尊重し、褒めてくれる親方を見習って欲しいものだ。

いや、褒められてるのか?

褒められてるってことにしておこう。




「まぁ地震ってのは昨日みたいに突発的に起こるもんだ。対策はしっかりしといた方が良いって事だろ。」

「そうだな、親方。私もしっかり備えて、いつかは電柱先輩みたいに悠然と立ち続けられるようになってみせるぞ。」

「いや地震が起きたら突っ立ってないで机の下とかに隠れろよ。」

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