ゴミ箱

周囲の環境音も、雑踏の音も、日々の営みによる喧騒も、

何も聞こえないくらいに集中している。


私は世界と一体になり、世界は私と一体になる。

音が消え、風が止み、それしか見えなくなった。

今、この瞬間が唯一無二の好機!

そう感じずにはいられない。

そして感じた瞬間に私の手にあったものは飛翔し、捕捉された目標へと放物線を描く。


風は無風、この軌道は、完璧である。


私の手から投射されたものが目標に入った瞬間、

パスッという柔らかい音を立て、私に、世界に音が戻る。


今回は私が勝負を制したようだ。




見事、ゴミは2m先のゴミ箱に入っていった。




「まぁ、ざっとこんなもんだ。」

「カッコつけてるけど、これで6回目の挑戦だよな。」

「何が安達をそこまで駆り立てるのか。」


時は今日の授業が終わり、掃除の時間である。

最初はまじめに掃除していた。後は片づけて机と椅子を元の位置に戻すだけである。

しかしちょうど手元に紙くずがあったのが運命の分かれ道。

ゴミ箱目がけてシュートフォームを取ると共に教室の掃除を担当していた伊江と丹野たんの弾吾だんごは何事かと様子を見に来た。


「最後にキチンと決めたんだからいいだろ!」

「そりゃ入るまでやってたら最後には決まるわな。」

「オレだったら一、二発で終わるね。」


こいつら激戦を繰り広げた選手に対して失礼な奴らめ。


「てか丹野はバスケやってんだから当たり前だろ!経験者が何言ってんだ。」

「むしろ外したら恥ずかしいだろうな。」

「おう、見せてやろうか?オレの実力を。」


こいつ自信満々に言ってのけたな。失敗したら笑ってやろう。


「それっ!」


ポトッ。

ゴミはゴミ箱に入らず手前の床に落ちた。


「んん?どうしたバスケ部?」

「さっきまで大口叩いてたのは誰だったかな。」

「まぁ待て。焦るんじゃない。今のは慣らし。感覚を掴むための一投だ。さっき言ったろ?一、二発で終わらせるってね。」


丹野はゴミを拾い再び構える。

私と伊江は固唾を飲んで見守る。


「これで決める!」


丹野はゴミを投げた。

軌道は間違いなくゴミ箱への道筋を描いていた。

これは入ったか!?そう思った瞬間。


ポンッ、ポトッ。


「ん?何これ?」


通りすがりの幼馴染にぶつかって落下した。


「おやおやぁ?丹野?『これで決める!』だっけ?」

「いや今のは「男に二言があるんですか?」ぐっ、この野郎!」

「まぁ俺も今の結果は予想していなかったけどな。」


丹野は言い訳をしようとするし、伊江は丹野を弁護するが私はしっかりと煽っていく。


「これが実際の試合だったら敵チームの選手にブロックされたってことだよな?それを運が悪かったとでも言うのか?」

「こいつ腹立つ顔しやがって!今のはノーカンだろノーカン!」

「えー。さっき呆れ顔で私のこと見てたのは誰だっただろう?」


ふはははは、楽しいのう。愉快だのう。もっと煽ろうかな。


「あんたら何やってんの?教室の掃除、まだ終わってないみたいだけど。」

「入屋、実は安達が……」


ん?丹野、沙耶と何を話しているんだ?沙耶は女子がしてはいけないような凄い形相でこっちを見ているんだが。


「あんた、掃除サボって遊んで、しかもあたしの体型が何ですって?」

「え?いやちょ、ま、待った!一部真実だけど冤罪、それ冤罪だから!」

「へぇ、一部真実、ねぇ?何が真実なのかしら?あたしの体型?」

「ひはう!ひはいはふ!」


痛い痛い!頬をつねらないで!弁明すら許されないのはどうかと思う!弁護士を要求する!


「丹野、入屋になんて言ったんだ?」

「安達が掃除をサボってたのと、ゴミを投げ捨てる時に『入屋の体格のせいでゴミ箱に入らなかった』って安達が言ってたと伝えた。」

「お前、さり気に自分の命も賭けて復讐に出たな。」

「無事賭けには勝ったという訳だ。入屋には悪いが、反省はしていない。」


沙耶!お前の後ろでこの事件の真相が語られているぞ!耳を傾けるんだ!ついでにそろそろ頬をつねるのを止めてくれ。美味しいもの食べたわけでもないのに頬っぺた落っこちちゃう。


「バレたらヤバいから逃げるわ。」

「いや、もうすぐホームルーム、って行っちまったか。」


丹野め、逃げやがった!だが伊江が言ったようにもうすぐホームルームだ!

それまでには開放されるだろうし、その後真実を告発すればいい。


「え?てか安達は捕まってるし丹野はいないし、片づけとか机と椅子戻すの全部俺一人でやんの?」


伊江はめんどくさそうな表情をして呟いた。

頑張ってくれ。私はまだ開放されない。

ん?何か閃いたような表情に変わったがどうした?


「そうだ、丹野は掃除をサボって逃げた。俺は連れ戻しに行った。安達は俺たちがいなくなるとサボって遊び始めた。完璧だな。」


完璧だな。じゃねぇ!自分だけ助かろうとすんな!

沙耶、いい加減離してくれ。このままだと掃除を終えて戻って来たクラスメイトからめっちゃ怒られる。特に同級生とは思えない風貌をした親方と呼ばれる男に叱られるのは嫌だ。

良いやつだけど見た目の圧が強い。何より言い訳通じなさそうだし。




「で、椅子に正座で座ったままホームルームに参加させられた、と。自業自得ですね。」

「あ、脚が、痺れる。痛い!待て沙耶、無言で足を突くな!」

「えいっ、えいっ。」

「痛い痛い!なんか言えば良いって訳でもない!」


結局、親方に𠮟られて正座したままホームルームに参加することになった。

ホームルームが終わり、竹塚が私の机に寄って来て経緯を聞いたので聞くも涙、語るも涙の出来事を説明したが冷たくあしらわれた。


「だから伊江と丹野は廊下で中国拳法の修行みたいな体勢で立たされてたんですね。」

「そうだ、沙耶、さっきの話、遊んでたのは事実だか、体型うんぬん言い出したのは丹野だぞ。」


そう聞くや否や沙耶は教室を飛び出し、罰を受けている丹野に更なる罰を与えに行った。


「え?入屋?おっかない顔してどうし、ギャアアァァァ!!!」


報復完了。廊下からは心地の良い悲鳴が聞こえてくる。




「君ってホントみみっちいよね。」


竹塚が呆れ顔で何か言っていたが、丹野の悲鳴と命乞いにかき消されて聞こえなかった。

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