昼食
それぞれの信念をぶつけ合うこの瞬間、世界に事実は存在せず、真実のみが己の中にあると皆が確信し、それでも妥協も譲歩も存在しない。
これこそが自ら得た正解、そう確信しているから。
「だからうちの学食で一番旨いのはカレーライスだって言ってるだろう!」
「いいえ、シンプルながらも確かな料理の腕が発揮されている鮭定食に決まっています!」
「お前ら何言ってんだよ、うちの学食と言えばラーメンに決まってるよな?」
物分かりの悪い奴らめ、何故分からないのか。
「よく聞くんだ、あのカレーはな、ルーが市販のものを使用していないんだよ。すべてが手作りだ。しかもご飯大盛、肉の種類も日替わり、野菜もゴロゴロのホクホクだ。香辛料の香りを楽しみ、味に舌鼓を打つ二段構え。これを超えられるメニューなんてないだろう。」
改めて我が学食のカレーの魅力を友人たちに伝える。
しかし反論があるようで、
「いやいや、カレーが美味しいのは認めますよ?しかし、しかしです。一番は鮭定食。これは譲れない。焼鮭は当然美味しく、程よい焼き加減で皮を少し焦がしてパリッとさせる小粋な技。しかも定食なので味噌汁、金平ごぼう、玉子焼きまでついてきます。それぞれの味は当然、栄養バランスもとても良いのです。」
竹塚の言い分にも一理ある、しかし最優はカレー。私の意見は揺るがない。
竹塚と同じく伊江にも言い分があるようだ。
「待て待て、ラーメンこそがナンバーワンだろ。カレーのルーが市販品じゃないってんなら、ラーメンの麺だって手打ちで作ってるしスープも自家製だぜ。あのコシ、歯ごたえ、たまらんな。更に醤油、味噌、塩に加えて豚骨、魚介までなんでもござれだ。その時の気分に合わせて味を選べてるし、定食セットにすれば餃子かチャーハンも付けられる。旨いものをたくさん食えて満足感ばっちりだからな。」
むむむ、伊江も一歩も引かない姿勢。
こういう時は第三者に聞くに限る!という訳で
「沙耶!うちの学食で一番旨いのはカレーだろ?」
「鮭定食ですよね?」
「ラーメンだよな?」
「良いと思うよ。どれでも。」
ダメだ。こいつ、デザート食べてて適当に返事してやがる。
そんな糖分ばっかり取ってると、また身体測定の時に絶望した表情することに
「あんた、なんか失礼な事考えてない?」
「滅相もない!」
『ギロリ』と効果音が付きそうな鋭い目つきで睨まれた。怖い。
とりあえず沙耶の事は置いておいて、
「このまま議論を続けても結論が出そうにないな。」
「そうですね。誰か第三者に聞くのが一番なんですが。」
「おう、雁首揃えて険しい表情して、どうしたお前ら?」
「あ、梅乃花親方。」
「梅嶋だよ!」
食堂にクラスメイトの梅乃花親方、もとい
とても同い年とは思えない体格、風貌から親方と呼ばれている。
というか本当に同い年なんだろうか。年齢詐称とかではあるまいか。
「親方、学食で一番美味しいメニューって何だと思う?やっぱラーメンだよな?」
「いえいえ、鮭定食ですよね?」
「カレーだろう?」
親方は顎に手を当て「ふむ」と呟き、口を開く。
「全部だな。」
「全部?」
「食堂の人達が丹精込めて作ってくれてんだ。どいつもこいつもうめぇさ。そりゃ個人個人の嗜好はあるだろうが、優劣はないって思うぞ。そもそも何でもかんでも『うめぇ、うめぇ』言いながら食っちまうからなぁ、俺は。そんでもどうしても決着付けてぇって思うならアンケートでも取りゃいいさ。」
「親方……!」
正論だけど、だけどアンケートは準備とかいろいろとめんどくさい!故に却下!
どうやらこの議題は永遠に決着はつきそうにないな。
「ところで親方は何食うんだ?」
「かつ丼。」
「あ、これから取り調べですか。お勤めご苦労様です。」
「ちげぇよ!」
伊江が親方の今日のメニューを訪ね、竹塚が敬礼する。
確かにその光景は取り調べをする側でもされる側でも似合いすぎるが、それは失礼だろう。
「竹塚、何言ってんだよ。」
「そうだぞ。アホな事言ってんじゃねぇ。」
「親方なら取り調べされるまでもなく、筋を通したら自首して白状するだろうし、取り調べするならかつ丼を用意する前に相手が白状するに決まってるだろ!」
「確かにそうだな。」
「お前もアホだったか、安達。伊江も納得してんじゃねぇ。」
私は親方の人柄と厳つい風貌を信じているのにアホ呼ばわりはひどいのではなかろうか。
「自白します。」
ん?竹塚がなんか自白し始めたぞ。
「僕は会話のどさくさに紛れて伊江のラーメンからチャーシューを掠め取りました。」
こいつ何やってんだ。食べ物の恨みは怖いっていうし、怒られるぞ。
「じゃあ俺も自白するな。」
伊江まで自白し始めた。なんだ?そういう流れなのか?
「俺もこっそり安達のカレーから福神漬けを奪ったな。」
この野郎、私のカレーから略奪するなんて許せねぇ!
「伊江、お前やりやがっ「敦も竹塚の玉子焼き、こっそり一切れ取ってたわよね。」沙耶!?」
自白する前にばらされた!それにしても三人とも互いの食事を奪っていたのか。
「「「ははははは!」」」
三人が笑い合う。和気藹々としているな。
「「「よくもやりやがったな(やってくれましたね)!!!」」」
こいつらには食べ物の恨みの怖さを教えてやらねばならない。
それぞれが決心を新たに、昼休みが終わる時まで不毛な議論を交わすのであった。
「かつ丼うめぇ。それにしても、やっぱこいつらアホだなぁ。」
親方は議論を尻目にかつ丼を食べながら呟いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます