ダイエット

スパァン!と何かが破裂したかのような音が響き渡る。


眼前に立つは幼馴染の沙耶。肩で息をしながら吐息を漏らし、額には汗が輝く。

一見して疲労困憊。されどその瞳に宿る闘志に衰えはない。


もういいんじゃないか。休んでもいいのでは。


そんな言葉を投げかけたところで返答は変わらない。


「構えなさい、敦。まだこれからよ。」


少しばかりの問答で息を整えた沙耶は再び拳を構える。

速く、鋭く、重い拳が迫り来る。

一つ、また一つガードしていく。


この流れを一体どれほどの時間費やしたことか。

友人たちは既にこの戦場にいない。

日は傾きかけ、もうすぐ月が昇るだろう。


何故このような状況にあるかって?




「ボクササイズするわよ。」

「唐突。」


放課後の帰宅前、幼馴染の沙耶に呼び止められ、強制連行された。


「いつもいつも人の体型を弄ってるんだから、付き合いなさい。はい、ミット。」

「え、そこまでしなきゃダメ?」

「日頃の恨みを込めるからしっかりガードしてね?」


どっちかっていうとそっちがメインなんじゃ、そう思わざるを得ない。

準備運動と軽いアップをしてボクササイズ、もといスパーリングが始まった。


長くても1時間程度で終わると思っていたものの、それがまさか2時間近くもやることになるとは思わなかった。

竹塚と伊江も興味本位で見ていたが30分くらいが経過した段階で


「飽きたから帰るな。」

「また明日。」


と帰りやがった。薄情な奴らめ。

まぁ私も立場が逆だったら間違いなく見捨てて帰ってたけど。


結局、私は日が沈みかけるまで付き合った後、帰路に就くことになった。


「というか沙耶、最近言ってないけど昔ジムに通ってたじゃん。そこには行かないのか?」

「あー、ちょっとね。」


なにやら歯切れが悪い。

会話をしていると目の前から厳ついヤンキーっぽい男が歩いてきた。

こわっ。目を合わせないでおこう。というか向こうがこっち見てないか?ガン飛ばされてない?絡まれるのか?因縁つけられるのか?


「あ、姉御!お疲れ様っす!」

「ん?姉御?」


隣では沙耶が頭を抱えている。

え?沙耶、いつの間にヤンキーになっちゃったの?親が泣くぞ。


「姉御、私はこの辺で失礼します。」

「姉御って呼ばないでっての!」

「ぐぇっ。」


逃げようとしたら襟首掴まれた。思わずカエルみたいな声が出てしまった。


「沙耶、一体何をやらかしたんだ?」

「なんでやらかした前提なのよ!いや、まぁ、ちょっとやっちゃったと言えばやっちゃったんだけど。」

「おう、あんたも聞きてぇか?姉御の武勇伝を!あれはまだ俺がひょろっちいガキの頃、今から3,4年くらい前のことだったか。俺が裏路地で不良どもに絡まれてる時、どこからともなく颯爽と姉御が現れてな。そりゃあもう凄かった。不良どもを千切っては投げ、千切っては投げの大立ち回り!あっという間に連中を蹴散らしてやって去っていったんだ。」


なんか凄い話を聞いたぞ。うちの幼馴染はそんなことしてたのか。

ジム通いとは言え強すぎでは?これからはあまり怒らせないようにしよう。


「そん時はすぐにいなくなっちまったんだか、後日、偶然ボクシングジムに入っていく姉御の姿を見かけたんだ。そっから俺もジムに通うようになって鍛え上げたって訳よ。でも姉御は俺がジム通いを始めたくらいから姿を見なくなっちまってな。姉御、こうして久々に会えて嬉しいっす!」


なるほど、だから沙耶はジムに通わなくなったのか。

そしてこの一見ヤンキーっぽい男は意外とまともなのか?


「俺、昔は臆病で情けねぇガキだったけど、姉御のおかげで姉御みたいに強きを挫き、弱きを助けるような漢になったっす!」


普通に良い奴っぽいぞ。人は見た目に寄らないタイプだったか。


「それはいいけど、姉御っていうの止めてくんない?」

「いえ、姉御は姉御なんす!これは譲れないっす!」


良い奴だけど人の話聞かない奴だったか。

しかし沙耶にそんな過去があったなんてな。


「そもそもあたし、急ぎで近道しようとしたら偶然鉢合わせただけで、放っておくのも目覚めが悪いから不良をやっつけただけなんだけど。」

「姉御、クールっす!カッコイイっす!」

「人の話を聞け!」


辟易としながら沙耶は舎弟(仮)を叩く。


「恩に感じてるなら姉御って呼ぶな!もしくはあたしと関わろうとするな!」

「うす!もっと強くなって姉御に認められるような漢になるっす!」


そう言って舎弟(仮)は去っていった。


「沙耶。」

「何よ。」

「強く生きろ。」

「嫌味かって言いたいけど、ありがと。」


流石にこれは哀れに思えてきた。ただ、


「てか他にも今みたいなやつ居そうだよな。」

「やめて!もうボクシングの技術は封印してるんだから。」

「今みたいなのを防ぐために?」

「それもあるけど、力って振りかざすもんじゃないのよ。そんなことして粋がったってカッコ悪いじゃない。」

「姉御……!」

「姉御言うな!」


尊敬の眼差しで姉御呼びしたらチョップされた。

私の幼馴染が漢気ありすぎてカッコいい。こんなタイトルのラノベありそう。いや、無いか。


「てか沙耶ってぱっと見スレンダーに見えるけど、筋肉があるから体重が増えてるように思うのでは?」

「え?」

「ほら、筋肉って脂肪より重いって言うし。」

「うそ…………。」


沙耶が愕然とした表情で固まってしまった。

そりゃ成長期に加えてジムに通いで筋肉つけてたら、ねぇ?


「まぁ、沙耶は太ってるようには見えないし、無理に痩せようとするより健康的でいいんじゃないか?」

「そうね。ポジティブに考えましょう。運動すれば、美味しい物をいっぱい食べても大丈夫だし。」


とは言え食べ過ぎは別問題のような気が。

とりあえずテンションが回復したようだし、藪を突くのは止めておこう。




「いろいろあって身体も心も疲れたからコンビニでスイーツでも買って帰るわよ。」


一瞬、「カロリー高そうなものばっかり食べてるから体型ネタで弄られるのでは?」と、からかいの言葉が出そうになったが言わぬが花。ここは保身を優先して帰宅するとしよう。

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