バナナの皮

人は時として、非常に困難な選択を迫られる時がある。

その選択は本当に正しいのか、実は間違っていたんじゃないか。そう自身の選択を省みる時もある。


そして今も、非常に悩ましい選択を迫られていた。


そう、今眼前にある





バナナの皮によって。


「「…………。」」


しかもなんかいるし。

隠れてるつもりかも知れないが、普通に見えてるからな。竹塚、丹野。

あのバナナの皮を置いたのは絶対こいつらだろう。


「踏むと思うか?」

「安達の事です。きっと踏んでくれますよ。そしてとても面白い転び方を見せてくれるはずです。」


ヒソヒソと話しているつもりかも知れないが、バッチリ聞こえている。

と言うか、聞こえるように言ってるんじゃないかと思うような会話内容なんだが。

踏めと、そして転べと。しかも面白く。

そういうのって仕込みとかじゃなくて自然に踏んで転ぶから面白いと思うんだけど。

そんなにハードル上げられたら逆につまらないと思うぞ。


「さぁ安達選手、バナナの皮の前で立ち止まり、呼吸を整えています。」

「きっとタイミングを見計らっているんだ。絶好のタイミングを。これは期待できるぜ。」


実況始めやがったよ、こいつら。

期待しなくていいから。既にハードルが身長の三倍くらい高くなってるから。


「失敗した、モグモグ、時に備えて、モグモグ、予備の皮も用意しておきましょう。」

「おう、モグモグ、バナナはやっぱり旨いな。」


私のハードルを爆上げしてる中、呑気にバナナなんて食べてるんじゃない。あれか、つまらなかったらリテイクか。

バナナの皮があったら踏むしかないが、ここまであからさまに準備されていると躊躇してしまう。

非常に迷うぞ。踏むべきか、踏まぬべきか、心が右往左往している。


「あれ?こんなところにゴミが落ちてるの。まったく、ポイ捨てなんて困った人もいたものなの。安達も通りかかったならゴミくらい拾って欲しいの。」


迷っていると本郷が通りかかり、バナナの皮を拾って行った。

落ちているゴミを拾う。ただそれだけの事だけど、大切な事だな。

迷いの種であったバナナの皮が無くなったお陰で、私も迷う必要が無くなる。

かに思われたが、


「んん?」


バナナの皮をゴミ箱に捨てに行った本郷を見送り、正面に向き直るとそこにはバナナの皮が。


「セッティングOKだぜ。」

「流石は丹野。目にも留まらぬ早業でしたね。僕じゃなきゃ見逃しちゃいますよ。」


視線を外した一瞬の隙を突いて、丹野が第二のバナナの皮を置いたようだ。

作戦が失敗したんだから諦めろよ。機敏な動きでリカバリするんじゃない。

本郷のお陰で普通に進めたはずが、結局バナナの皮によって道を阻まれる。


「モグモグ、今後こそ安達には、モグモグ、進んでもらいたいですね。」

「まぁそれまで待てばいいし、モグモグ、回収されたら、モグモグ、またセッティングすればいい。」


いや何本バナナあるんだよ。

どんだけバナナの皮で転ばせることに情熱を傾けてるんだよ。

むしろ私を観察者側にしろ。楽しそうだし。

だがここまでされると迂回したくなる。


「おっと?安達は『逃げる』みたいですね。」

「おいおいマジかよ。『カッコ悪い』ぜ。」

「仕方がありません。安達は意外と『臆病』で『気が小さい』ので。」


あいつら絶対わざと聞こえるように話してるだろ。しかも『逃げる』だの『臆病』だのを強調して。

しかし私がそんな雑な挑発に乗るとでも思っているのか?


「上等だ!やってやるよ!」


乗るに決まってるだろう!

目を見開いて見届けろよ、この華麗なトリプルアクセルのスピンを!


ツルッ!ステーン!


しまった!思ったより滑ってトリプルアクセル出来なかった!

スピンしようとしたせいで体がちょっと斜めになって転んだだけの体制になっている。

正直、これでは面白さの欠片も感じられないだろう。

チラリと竹塚と丹野の方を見る。


「うーん………。」

「ここまで期待外れとは………。」


残念そうにこっちを見るんじゃない!今のはアレだ、予行演習だ。事前に滑り具合を確認する事で本番に活かす感じのやつだから。

だからさっきみたいに機敏にバナナの皮をセットするんだ。


「悪いな親方。手伝ってもらって。」

「なぁに、いいって事よ。気にすんな。」


私が竹塚と丹野に目で訴えかけていると正面からプリントの山を抱えた伊江と親方が現れた。

そしてその進行方向には私が滑り飛ばしたバナナの皮が!

しかも二人は抱えている荷物のせいで気づいていない。

これはもしや………。


「助かるぅぉわぁ!?」

「ぬわぁ!?」


伊江がバナナの皮を踏み、バランスを崩して親方の方に倒れる。

咄嗟の事に親方も反応できず、バランスを崩す。

倒れる二人。宙を舞うプリント。スタンディングオベーションする竹塚と丹野。

なんだこの光景。

ほんとになんだこの光景。

私は現代アートでも鑑賞しているのだろうか。

そんな事を考えていると丹野が近づいて来る。


「つまりはこう言う事だ。この二人を見習ってお前も精進しろよ。」

「どう見習えと。」


自然発生する転倒と意識的に転倒するのとでは訳が違うと思うんだが。





伊江と親方に怒られ、落としたプリントは皆で拾い集めた。

でも今回は私、悪くないと思うんだけど。

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