出会い:伊江編

「あれ、確か安達、だっけ?久しぶりだな。」

「えっと、ごめん。お前の事覚えてないわ。」

「あぁ、小6の時、転校の学校にお前がいたってだけで、クラスが一緒になったって訳でもないから、こっちが一方的に覚えてただけだからな。無理もないな。」


高校に入学し、休み時間に廊下で会った知らない人物に声を掛けられる。

どうやら小学生の時の私を知っていたから声を掛けたようだ。

しかし申し訳ない事に私は彼を知らない。忘れてしまったという可能性も考慮したが、相手は先んじて一方的に知っていたという事を伝えてくれた。


「なんでクラスが一緒じゃなかったのに私の事を知ってるんだ?もしかして天才っぷりが他のクラスにも響き渡ってた感じか?」

「それは無い。むしろ逆だな。」

「酷っ!?」


訂正。知らない事に申し訳なさを感じる必要はなさそうだ。

まったく、私の事を知っていると言ったから、あまりの優秀さに他のクラスまで名声が鳴り響いていたとぬか喜びしてしまった。

逆ってなんだ、逆って。そんな有名になるレベルで馬鹿な事をやった覚えはないぞ。


「酷いのは自分の行いを自覚していない奴の事を言うと思うけどな。」

「え?私、そんなおかしい事はしてないと思うんだけど。」


眼前の男はため息をついて呆れる。

別に呆れられるような事は言っていないはずだ。


「昼休み、放送室に突入してリコーダーでチャルメラを演奏し始めたのはどこのどいつだったかな?」

「それはあの小学校に代々受け継がれてきた伝統だから。」

「嘘つけ!?そんな伝統あってたまるか!」

「本当だよ。私にチャルメラを教えてくれた先輩が言ってたんだ。」


お前それは騙されてるぞ、と眼前の男は呟いて言葉を続ける。


「百歩譲ってチャルメラの件は置いておこう。その時はクラスメイトも『あぁ、また安達か。』って慣れたもんだったからな。それなら運動会の借り物競争で持ってきたものを覚えているか?」

「ウサギさん。」

「『ウサギさん。』じゃねぇんだよ。なんで飼育小屋からウサギなんて連れて来てるんだよ。係の人が困惑してたぞ。お題がウサギ関連だったとしても実物を連れてくる奴がいるか、普通?」

「だってお題に『白い物』って書いてあったし。」

「それ、お題の時点でもっと他に選択肢あったよな。タオルとかティッシュとか。」

「思い浮かんだのがウサギさんだったから仕方ないね。」

「仕方なくねぇよ。」


思い立ったが吉日ってよく言うだろ?それにウサギさんってなんかラッキーアイテム感あるし、縁起良さそうなイメージあるし。なにより可愛い。


「それなら『空飛ぶビート板事件』について釈明はあるか?」

「おいおい、なんだよその楽しそうな名前の事件。」

「お前が主犯なんだよな。」


そんな楽しそうな事件があったなら私も見たかった。

逆に言えば私が認識していないのに私の事を犯人扱いするのはどうかと思う。


「そりゃお前はその時屋上にいたからだろうな。こっちは教室にいたら窓の外を見て騒いでるクラスメイトにつられて外を見たらビート板が宙を舞っていたんだよ。あの光景は理解が追い付かなかったな。」

「あぁ、あれか、もしかして私が屋上でビート板を使ってトランプタワーならぬビート板タワーを作ってた時の事か。結局、突風のせいでビート板が吹き飛ばされて失敗したけど。」

「なんでビート板で作ろうとしてんだよ。なんで屋上でやろうとしてんだよ。」


なんでだったかなー。そこまで詳しく覚えている訳でもないし。


「たぶんビート板の方が崩れにくそうで、天気が良かったからかも知れない。」

「理由がメチャクチャ雑だな。」


だって実際そこまで覚えてないし。

と言うか、


「今までの話を聞いてるとヤバい奴って思われてるように感じるんだが。なんでそんな奴に話しかけてきたんだ?」

「馬鹿だけど良い奴だって思える事があったからな。」

「お、私の善人な雰囲気が言葉にせずとも伝わってしまったか。これが人徳ってやつか。」

「良い奴だけど馬鹿だなって思える事があったからな。」

「さっきと逆になってる!それだけなのに印象が180度変わるんだけど!?」


いい話ならそのまま続けてほしい。何故上げて落とすか。


「些細な事だけど、ボール遊びしてる奴がボールを木の枝に引っ掛けちまった時に助けてやっただろ?」

「そんな事があったような、なかったような。」

「あったんだよ。登れそうにないんだから石か何か投げて落とせばいいのに、わざわざ木に登ってボールを取ったは良いけど下りる時に最後の最後で足を滑らせて尻餅ついてさ。」


そんな事があったのか。全然記憶にないや。特に尻餅の件。尾ひれついてたりしない?話盛ってたりしない?


「最後の最後でダサかったけど、誰かの為に行動するって良い奴の証拠だって思うんだよな。結局その後はすぐに卒業して違う中学に進学したから話す機会はなかったけど、偶然見かけたから声を掛けたって訳だ。」

「そうだったのか。それじゃ、少なくとも三年間はよろしく。」

「おう、よろしくな。」


なんだかんだで認められているようだ。

ダサかったの一言は余計だけど。

しかし重要な事を聞いていなかったな。


「そう言えば聞いてなかったけど、お前の名前は?」

「名前?俺は………」




伊江浩二、そう名乗った男とは程なくして友人となり、翌年には同じクラスの仲間となるのであった。。

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