笑う

「『笑う門には福来る』って言うじゃん。」

「そうですね。」

「『来年の話をすると鬼が笑う』って言うじゃん。」

「そうですね。」

「つまり来年の話をしたら鬼の下に福が来るんじゃないかと思うんだ。」

「仮にそうだとして、どうでも良さが凄まじいですね。」


どうでもいいとはなんだ、どうでもいいとは。

いつも節分の時期に虐げられている鬼の下に福を招く手段が明らかになったんだぞ。

これは鬼学会も騒然とすること間違いなし。


「せっかく普段読まないようなことわざの本を読んで斬新な発想で話しているというのに。」

「その本のタイトルを言ってみてください。」

「『ことわざ大辞典』。」

「頭に『漫画で分かる』って入ってますよね。」

「漫画だって立派な本だろう。お前もよく読むじゃん。」


自分の事を棚に上げて人の事を批判するのは良くないぞ。

それに漫画だって立派な本という事はお前も理解しているだろう。


「はい。僕も漫画は好きですが、そう言う事ではなくですね、いかにも真面目に言ってますみたいな雰囲気を出していたので茶々を入れたくなって。」

「思ったより酷い理由だった。」

「あと漫画だって立派な本だって言うなら、なんで本のタイトルを聞いた時に頭の部分を言わなかったんですか?それこそ漫画への愛が足りないと思うのです!」


ガーン!という効果音が頭の中で鳴り響く。

確かに竹塚の言う通りだ。

真に漫画を愛し、自信を持って本だと言うのであれば、しっかりと最初から最後までタイトルを言うべきだったのに。


「確かに竹塚の言う通りだ。私が間違っていた。大切な事を教えてくれてありがとう。」

「ふっ、良いんですよ。分かってくれれば。」

「私が読んでいたのは『漫画で分かることわざ大辞典』と言う本だ。」


私は恥じる事無く胸を張って言い切る。

なんだか清々しい気分だ。


「それでさっきの話の続きだが。」

「確か近所のスーパーで菓子パンが特売してるって話でしたっけ。」

「違うから。欠片もそんな話してなかったから。」

「冗談ですよ。鬼に金棒を持たせたら筋トレし出したって話でしたよね。」

「違うから。『欠片も』って言ったからって欠片だけ要素を出すんじゃない。」


確かに鬼の話はしてたけど、金棒の話はしてなかっただろ。

というかその鬼、金棒をバーベルか何かと勘違いしてないか?

そしてそもそも私は本物の鬼に会った事はまだ無い。鬼のように強い幼馴染や鬼のような体格の同級生ならいるけど。


「つまり、鬼が爆笑するほど面白くて、しかも福の神も来てくれるような来年の話ってどんな話なのかと思って。」

「まぁ鬼が笑って、かつ福の神が来ると条件づけられた来年の話って門が狭そうですよね。」


そう、来年の話をする。鬼を笑わせる。福の神が来訪を拒まない、まともな内容の話。これらを全て満たさなくてはならないのだ。

これがどれほど高難易度であるかは語るまでもないだろう。


「やっぱり鬼って言ったら下品下劣な話や悪い話とかで笑いを取れそうですが。」

「そうなると福の神は来てくれないと思うんだよ。」

「ですね。」

「福の神ならポジティブな感じの良い雰囲気な話だったら来てくれそう。」

「それで鬼を笑わせるのは難しそうですね。」


鬼が笑いそうな話は福の神が来てくれなさそうだし、福の神が来てくれそうな話では鬼が笑わない。相反する存在。お前らもっと仲良くしたらどうなんだと思ってしまう。


「安達。」

「なんだ?妙案が浮かんだか?」

「別に鬼のところに福の神が来なくても良いんじゃないでしょうか?」

「話を根本から否定してきたな。だが私は諦めるつもりはないぞ。」

「そもそも鬼にそこまで尽くす理由もないでしょう。」


確かに無いけど。鬼のところに福の神が来てはいけない理由だってないんだ。

鬼が幸せになっていけないなんてルールは無い。

ありとあらゆる存在は皆、幸せになっていい権利を有していると思うんだ。

だから空想の中でくらい、幸せにしてあげてもいいじゃないか。

あとそれだけの行いをする人間の下にも福の神が来てくれそうだし。


「そうだ!『来年の節分には鬼のところに福の神が来る。』これでどうだ?」

「確かに来年の話ですが、いまいち理解しかねますね。」

「鬼は自分のところに福の神と言う存在が来てくれる事で鬼は笑顔になり、福の神は鬼のところへも幸せと届けると言う話で来訪を認めてくれそう。」

「つまりは来年自分のところに福の神が来る→笑顔になる事で『来年の話をすると鬼が笑う』をクリアして、福の神は良い話だから認めてくれる→笑顔の鬼のところに来訪して『笑う門には福来る』を達成すると。」


そう言う事だ。

これで来年の節分には皆でハッピーって訳だ。

そしていい話を作った事で私のところにも福の神が来て私もハッピーになれる訳だ。


「それじゃあ安達、そろそろ根本的な問題に触れましょうか。」

「根本的な問題?」


問題は全て解決したと思うんだが。






「鬼も、福の神も、実在しないと思いますよ。」


そんなサンタさんは実在しないみたいなこと言うなよ。

いると仮定して妄想するから楽しんじゃないか。

それに現在は存在が確認出来ていないだけで確実にいないとも証明できないだろう。

だからいると仮定しても問題ないんだ。




たぶん。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る