デザート
屋上で沈みゆく夕日を眺めながら、私は黄昏ていた。
「人生とは無常だ………。」
「悪かったわね。」
「大切な物はいつだって気が付くと私の手から零れ落ちていくんだ。」
「だから悪かったって。」
「この悲しみが、そう簡単に言い表せる訳が無い。」
「さっきは『人生は無常』とか言ってたじゃない。あぁ、もう。ごめんってば!」
その私の隣には、申し訳なさそうな表情をした幼馴染の沙耶が謝っている。
しかし、どれほど謝罪を重ねようとも、過去は変わらない。
どれほど後悔しようとも、現実は決して変わる事は無いのだ。
「沙耶なら、こんな惨い事をするはずがないって思ってたのに。楽しみに取っておいたデザートを横取りなんてしないって信じてたのに!」
「だってデザートだけ残して食器を片付けに行っちゃうから、いらないのかなって思うじゃないの!」
「だとしても確認もせずに勝手に食べたりしないだろ。」
「うっ、そ、それはそうだけど………。」
まさか沙耶がそこまで食いしん坊だとは。
確かにデザートだけポツンと机の上に残されていたら、ある種の誘惑にもなるだろう。
子供の頃、好きな食べ物を最後まで取っておいて、後で楽しもうと思ったら横取りされた事もあるくらいだからな。
「あぁ、沙耶がこんなにも食い意地が張っているとはね。」
「普段だったら言い返してるけど、今回は素直に謝るわよ。」
「昔、私が最後に食べようと取っておいた唐揚げを横から取られた事もあったなぁ。」
「そんな昔の事を蒸し返さなくたっていいでしょ!ごめんってば!」
いやぁ、デザート食べられたのは残念だけど、いっそ面白いくらいに謝ってくる。
まぁ食い意地が張っているからこそ、食べ物の恨みの恐ろしさや怒り、悲しみを理解出来ているのかも知れないが。
「ちなみにアレ、期間限定だったんだよなー。あと全く関係の無い話だけど、誠意って態度だけだと伝わりづらいよねー。」
「分かったわよ。今日帰る時に買ってあげるから。」
「販売期間が昨日までって知ったから昨日買ったんだよ。」
「え!?その、本当にごめんなさい…………。」
代わりを用意すると言うが、それは不可能だ。
それを説明する為、新たな事実を告げると、落ち込み、申し訳なさそうにする。
ここまでしおらしい沙耶は久々に見た気がする。
それこそ唐揚げ横取り事件の時以来かも知れない。
「あたしは、何をしようとも償いようが無い罪を犯してしまったのね……………。」
「ん?」
「ほんとなら死んで詫びるレベルの罪だけど、償いを放棄して死のうとするのは、ただの逃げでしかない…………。」
「沙耶?おーい、沙耶―?」
「何年かかっても、どれだけ大変だとしても、あの味を再現して見せるわ。」
マズい、沙耶が暴走し始めた。
死んで詫びるレベルの罪になるデザートってなんだよ。
期間限定とは言ったけど、命と釣り合う程の価値じゃないだろ。
「沙耶、デザート程度で命とか人生とか賭けないでくれ。」
「デザート程度?それは違うわ。デザートだからこそ、命も人生も賭ける価値があるのよ。」
「いや、そのレベルで怒ってはいないから。」
「もしあたしが逆の立場だったら、敦はこの世にいないと思うわよ。」
「怖っ!?」
「人にやられて嫌な事はしたらいけないの。それをやっちゃったんだから、責任を持って償おうとするのは当然でしょ。」
カッコいいくらいに義理堅いと言うか、筋を通すと言うか。
デザート程度でここまで言う奴はそういないぞ。
しかしここまで言われると申し訳ない。
どうしたものかと考えていると、屋上に来訪者が現れる。
「あ、ここにいたんですか。安達、さっきの賭けの景品を持って来ましたよ。」
「『流石に』とは思ったが、俺達の想像以上だった訳だな。」
「賭け?あんたたち何してんのよ。」
「いえ、大したことではないですよ。さっき安達がデザートを………」
「竹塚!景品はありがたいけど、けど、アレだよ。」
「気になるわね。正直に答えなさい。今なら竹塚と伊江は許してあげるわよ。」
「悪い事やった前提なのか。まぁ良い事ではないけどな。
さっきデザートだけ置きっぱなしにしたら入屋が食べるかどうか、賭けてたんだよ。」
「僕と伊江は流石に食べないと思ったのですが、安達は食べる方に賭けまして。ちなみに発案者は安達です。」
「ノリノリでこの賭けを持ち掛けて来たよな。」
「竹塚ぁ!伊江ぉ!」
よりにもよって沙耶の目の前で、私がいる時に暴露するとか。
こいつら血も涙もないぞ。
「敦?」
「ひぇっ、いや、ほら、ね?」
「ね?じゃないわよ。言い残すことはあるかしら?」
「ごめんなさい!」
「って言いたいところだけど、勝手にデザートを食べたのは事実だし、今回は怒らないでおくわ。」
「沙耶………!」
「ただし次は無いわよ?」
「はい!すみませんでした!」
うん、からかったりせずに普通にネタ晴らししておけばよかったかも知れない。
『ゴゴゴゴゴ』と効果音が聞こえてきそうなほど、凄まじい気迫を宿した沙耶に釘を刺された。
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