ハンコ
「この前テレビで見たんだけどさ。ハンコってあるじゃん。」
「そうだな。」
「なんか会社とかでハンコを押すときにちょっと斜めに押すんだってさ。」
「そうか。」
「その理由が上司のハンコに対してお辞儀をしているように見えるからなんだってさ。」
「へぇ。」
いつものように雑談を楽しむ放課後。
先日見えていたテレビの話をしていた。
「それで思ったんだよ。大人って結構馬鹿なんじゃないかなって。」
「まぁ、くだらないと思う気持ちは分かるがな、言い方。」
「メンツを重んじているって事ですね。例えば安達だって丹野に馬鹿にされたら怒りますよね。」
「そりゃそうだ。だってあいつの方が私より馬鹿なのに、そんなあいつに馬鹿にされたら怒るだろ。」
「お前らの頭の出来なんて大して変わらないと思うけどな。たぶん丹野も同じことを考えると思うし。」
自分の思った事を言ったが、言い方が悪いと指摘される。
伊江は私と丹野の頭の出来が大して変わらないと言うが、お前もだいぶ私に対する偏見に溢れているぞ。
「それはともかく、たぶん社長とか部長とかもハンコでお辞儀をしてもらわないと納得できないんじゃないですかね。」
「なんか社長とかが一気にショボい存在に思えて来たぞ。それなら私でも起業出来るかも知れない。そしてハンコを変な風に押す必要も無くせば部下からの人気もうなぎ登りだ。」
「社長兼社員1人の企業か。そりゃ誰もハンコなんて押さなくて済むだろうな。」
「なんで誰も部下がいない前提なんだよ。」
それじゃ私の振った話の前提から意味が無くなるだろう。
私1人だったら企業の形にする意味が無いじゃないか。
「取り敢えず安達の事は今度から安達(株)って読んであげますね。」
「私は株式会社だった?」
「誰も株を買わなさそうだな。」
「竹塚も伊江も私の事を過小評価し過ぎじゃないか?」
トウショウ一部上場間違いなしだぞ?
トウショウの一部に上場って何なのか分からないけど。
「純然たる事実だと思うんですけど。」
「妥当な評価だな。」
「いや、冷静に考えてみて欲しい。馬鹿と天才は紙一重って言うだろ?私は一切納得していないけど、日頃から馬鹿扱いされている。しかし言い換えれば、それは私の天才性にまだ誰も気が付いていないだけなんだ。」
「こんな事を言っていますが。」
「その自信は一体どっから来てんだろうな。あと安達の自称天才性はたぶん日の目を浴びずに一生を終えると思うな。常日頃から理解されてない訳だし。」
それは私の周りに私の天才性を理解出来る人間がいないだけだから。
「そこはアレだ。いつかきっと理解者が現れるはずだ。」
「希望的観測極まってますね。」
「いつかきっと探し出せるから。」
「自発的に動くのは良い事だけど、他人に迷惑をかけ過ぎないようにな。」
「探すことが迷惑をかける前提かよ。」
友達が冷たい。
私の理解者を探すことが既に迷惑をかけている扱いは酷いと思うぞ。
「でもさ、さっきも話したけど、大人たちが当然だと思っているけど、実はくだらない常識を疑い、革新的な考えを持つことが出来る時点で私の天才性は現れていると思うんだ。」
「別に大人の全員が全員、ハンコの押し方を当然だと思っている訳ではないと思うんですけど。」
「むしろ俺も社会に出てそんな事教わったらくだらないって思うだろうな。」
つまり一部の大人たちや竹塚、伊江も私の天才性を理解する素質はある訳か。
こいつらの今後に期待するとしよう。
「そもそも仮に安達が起業したとして、何をする会社を作るって言うんだよ。」
「え?えーと、アレだ。世の中の変な常識をぶち壊して新しい秩序を作る、的な?」
「物騒な事をだいぶフワッと言ってますね。」
「安達(株)はテロリストの巣窟って事か。竹塚、こいつの刑期はどのくらいだ?」
「死刑か、無期懲役ですかね。でも安心して下さい。テロ等準備罪は2人以上じゃないと適用されないので。」
「だってさ。良かったな。」
「良くないから。人の事をテロリスト予備軍扱いする友達のどこを安心すれば良いんだよ。」
テロとか計画してないから。
ただちょっと世の中の変な常識を無くすことが出来たら人気者になれるんじゃないかなって思っただけだから。
「くっ、私に味方はいないのか………。」
「安達。」
竹塚は優しい笑みで私の肩に手を掛ける。
「例えどんなに馬鹿でも、僕は安達の友達ですよ。…………状況によっては見捨てますけど。」
「あぁ。いつだって俺もお前の友達だから安心しな。…………馬鹿やり過ぎて入屋に制裁されてたり先生とかにお説教されてたら助けないけどな。」
「竹塚、伊江…………!」
感動的な友情に喜びを感じる。
後半のセリフが無ければもっと感動だったけど。
竹塚、友達なら見捨てるな。
伊江、友達ならそうなる前に止めろ。
「だから安心して説教されて来な。」
「え?」
「先生。僕たちは安達の暴走を止めようとしたんですけど、聞く耳を持たないみたいで………。」
「え?」
伊江も竹塚も何を言っているんだ?
どうやら竹塚の目線は、私ではなく私の後ろにあるようだけど、一体誰が?
そう思い、振り返ると、そこには………
「安達くん、職員室でお話しましょうか。」
我らが担任の保木先生が立っていた。
「竹塚!伊江!助け「それじゃ帰るか。」「そうですね。」友達を見捨てるなよ!」
「さぁ、行きますよ。」
竹塚と伊江に助けを求めようとするが、2人は何事もなかったかのように帰宅する。
さっき言ってた『助けない』とか『見捨てる』の意味を痛感しているよ。
そして私は1人職員室に連行されるのであった。
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