心配

朝、登校して教室に入ると1人の男が私に近寄って来た。


「安達!大丈夫ですか!?」

「え?大丈夫も何も、ピンピンしてるよ。」

「実は馬鹿過ぎて内部数値がオーバーフローしてバグってたりしないですよね?」

「内部?オーバー?バグ?なんだって?」

「良かった。いつもの安達みたいですね。」


おはようも言わずに、いきなり竹塚が私の事を心配して来る。

それに対して問題ないと返すが、更に意味の分からない単語を並べて質問して来る。

でも『馬鹿過ぎて』って部分は聞こえてたぞ。誰が馬鹿だ、誰が。

頭に疑問符を浮かべていると竹塚は安心した表情で自分の席に戻っていく。

一体何だったんだ。

かと思えば、登校してきた伊江が私に声を掛ける。


「おはよう安達、ところでどこかで頭を打ったりとかしてないよな?」

「伊江、おはよう。別にそんな事は無いけど。」

「じゃあ強い衝撃を受けたショックでそれ自体を忘れてるとか?」

「いや特に身体が痛むとかは無いし、どこもぶつけてないけど。」

「そっか、それなら良いんだけどな。」


コイツもか。なんで私の事をそんなに心配して来るんだ?

別に昨日は特に何事も無かったけど。

と言うか、現実で記憶が飛ぶレベルの衝撃なんて普通受けないだろ。

伊江が納得して自分の席に行くと、次は親方だ。


「安達ぃ!無事かぁ!」

「親方!?そんなに慌ててどうしたんだよ?」

「実は誘拐されて脳の改造手術とか受けてないよなぁ!?」

「されてないし、受けてないから。落ち着け。」

「でも、おめぇ、いや、俺が夢でも見てたのかも知れねぇなぁ。あの光景は未だに現実のものとは思えねぇしよぉ。」

「どんな夢を見たのか知らないけど、私はいつだって平和に生きてるぞ。誘拐も、改造手術も、関わった事なんて無いんだ。」

「だよなぁ!」


勢いが強い。朝一で親方の様に厳つい顔の奴に迫られるとか中々の圧力だぞ。

あと別に私を誘拐しても良い事なんて無いだろ。ウチは大金持ちって訳でもなければ大物政治家とかでもないんだし。

結局、親方は夢オチと言う理屈で納得して自分の席に着く。


「安達!お前は仲間だと思っていたのに、この裏切り者!」

「誰が裏切り者だよ。そもそも何の仲間だと思ってたんだよ。」

「同じ勉強と言う地獄から逃げるちょっと頭の良くない奴仲間だと思ってたのに!」

「つまりようやく私のポテンシャルに気づいたって事か。私はお前とは違うんだよ、丹野。」

「お前はオレと同じだと思ってたのに!」

「残念だが、これが現実だ。けど………。」

「けど?」

「悔しいって思うなら、お前も私と同じステージに上がってくれば良いのさ。」

「安達………!」

「待ってるぞ、丹野。」


次は丹野か。

しかも出会い頭に裏切り者扱いとか。

今日は一体何なんだ。

でもまぁ、私の秘められた天才性ってのに気が付いたみたいだし、許してやろう。

打ちひしがれている丹野に激励の言葉を送り、丹野は感動している。

決まった。これは中々カッコいいぞ。




その後は普通にホームルームが始まり、1時限目が過ぎて行った。

そして休み時間になると……


「安達君!大丈夫かい!もしかしてこの前こっそり混入させた薬の副作用が………。」

「大丈夫って言いたいところだけど、ちょっと待って。混入って何!?」

「あ、いや、君は気にしなくていいよ。うん。」

「気にするから!むしろそんなセリフ聞いて余計に心配になったぞ!」

「ちょっとだけ視覚から得られる情報を誤認識させる事で時間の経過をゆっくりに感じさせる薬を、ね。」

「だから中々授業が終わらないって感じたのか。」

「ふむ。問題なく効果は表れているようだね。」

「混入させた時点で問題しかないんだが。」


1時限目が終わると青井が私の元を訪れる。

初手、物騒な事を言い出したんだが。

そもそも心配するくらいなら薬を混入させるなよ。

それについて追及しようとするが、私に薬の効果があった事を確認すると満足げに去って行った。

いや心配して来たんじゃないのかよ。




その後は先程の友達の様に心配して来る奴らは来ないまま放課後を迎えた。

今日はこの後どうしようかと考えながら廊下をぶらついていると、扉が開いている空き教室の前を通りかかる。

偶然、その中の光景が視界に入る。


「あぁ、私が真面目に勉強してるじゃん。そっかー。だからみんなやたらと心配したり、絡んで来たりしたのか。なるほど。」


それならば納得だ。

自分で言うのもなんだが、私は勉強する時は大体誰かと一緒だからな。






「……………え?」


そこで違和感に気が付く。

空き教室の中に、『私』!?


「誰だ、お前!?ドッペルゲンガー!?影分身!?クローン!?」

「………。」


驚き、空き教室の私に問いかけると、こちらを振り向き笑みを返す。


「安達くん、ボクですよ。大久保ですよ。」

「は?大久保?演劇部の?」

「そうです。」


そこで返って来た答えは意外と言えば意外。しかし納得できるものだった。

本人は演技力だと言い張っているが、確かに大久保なら別の人間に成り代わる程の変身力を持ち合わせている。


「そうだったのか。びっくりしたぞ。でもなんで私の姿で勉強してたんだよ?」

「あはは、すみません。今度の演劇で演じる役に付いて考えていたら、湊さんが『残念な人の気持ちになり切るなら安達くんが良いんじゃないかなぁ』と………。勉強については部活に行く前にここで準備していたのですが、時間があったので課題をしていました。」

「いや誰が残念な人だよ。いつもみたいに役作りでやってたんだろうけど、それなら丹野でも良かったじゃん。竹塚だって頭は良いけど馬鹿だぞ。」


なんで私が残念な人の第一人者みたいになってるんだよ。

いや私が勉強してる光景を見られただけでメチャクチャ心配されたから、周りが私をどう思ってるのか嫌でも理解出来たけど。

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