楽書き

一之三頼

初夢

※この作品は以降の作品と作風が大きく違います。

 常識を放り投げて頭を空っぽにしてお楽しみ下さい。



目が覚めると知らない景色が広がっていた。

大晦日の夜、私は確かに自宅で床に就いたはずだ。


「ここは一体?」


周りには霧が、地面には雪が広がっている。

心なしか呼吸がしづらい。

この状況から導き出される結論は


「高所にいる?夢?はっ!つまりこれは初夢!そして今いる場所は恐らく富士山!

初夢と言えば富士山!これは縁起がいいな!テンション上がってきたぞ!」


喜んでいると天から声が響いてくる。


「エベレストです。」


あまりよく聞こえなかったが、ともあれ幸先が良い。

この調子で残る縁起物もコンプリートしたいところだ。


「チョモランマです。」


まだ何か天から響く声があるが、気にせず散策してみよう。


「サガルマータです。」


いい加減しつこいな。この声。

ミュートに出来ればいいのに。


「ピューイ!」


む、なにやら鳥の鳴き声が。


「あ、あれは!」


私が空に目を向けると、そこには羽ばたく鳥類が。


「やった!鷹だ!鷹がいたぞ!これで二つ目もゲットだ!」


「トンビだピューイ。」


なんだか今、鷹が喋った気がするが気のせいだろう。

この調子でなすびも見つけたいな。


「鷹じゃないピューイ。」


「彼、鷹じゃないって言ってますよ。あとエベレストはヒマラヤ山脈の者です。」


雑音は無視して先に進もう。

む、あそこにいるのは!あの輝く紫色のボディーは!

間違いない!茄子だ!


「おーい!茄子ー!」


茄子に向かって声をかける。


「はい、なすびでなす。」


私の声に反応して茄子がこちらを振り向く。

瞬間


つるっ


「しまった、足を滑らせたなす!うわあぁぁぁーーーでなすうぅぅぅーーーー!!!」


あろうことか、茄子は足を滑らせ谷底へと滑落していってしまった。


「茄子いぃー!」


なんてことだ、茄子が、初夢縁起物衆の三番手の茄子が落っこちてしまった。

私が声をかけたばかりに。


ポン


膝から崩れ落ち、嘆き悲しんでいた私の肩にそっと手が置かれた。

何者かと思い振り向くとそこには緑色に輝く細長い奴がいた。


「あ、あなたは、キュウリ!キュウリじゃないか!どうしてこんなところに!」


「茄子の奴は本当に残念だ。おいしい奴を亡くした。

だが安心しろ。この俺がいる。お盆の時はあいつの分まで頑張るからよ。」


そうか!お盆繋がり!

ならば実質キュウリ=茄子!

三番手までコンプリート出来たじゃないか!

悲観することはなかったんだ!

これで一富士二鷹三茄子コンプリートだ!


「おっと、我々を忘れてもらっては困るね。」


「誰だ!?」


「扇!」


「煙草!」


「座頭!」


「「「我らこそ歴史の闇に葬られし裏初夢縁起物衆!」」」


喜びは束の間、突如として現れた謎の三人衆に唖然とする私。

バカな!?初夢と言えば一富士二鷹三茄子ではなかったのか!?


「その表情、何が言いたいのかよぉくわかりますよぉ。確かに世間では君の考える三つが初夢の象徴とも言えるでしょう。一方で我々『四扇、五煙草、六座頭』は認知されざる存在であるとも。

しかしそれも今日までです。今こそ我々が一富士二鷹三茄子を抹殺し四扇五煙草六座頭として表舞台に立つのだから!」


「いや今更そんなマイナーな、しかも数字の途中からの連中が一般化とか無理があるのでは?」


「ぐはぁ!くっ、どうやら私はここまでのようですね。後は、任せました、よ。」


座頭はキュウリの呟いた一言を聞き、吐血して倒れ伏した。


「座頭!しっかりしろ!正論だけど!傷も深いけど!諦めるんじゃない!」


「く、キュウリめ、なんて奴だ。座頭は目が見えず音を頼りに生きてきたが故に些細な悪口も聞き取ってしまい心が傷つきやすいというのに!許せねぇ!この煙草、熱くなる時はとことん熱くなるんでね!その緑色の身体、焼き尽くしてやる!」


煙草は座頭がやられたことに怒り、頭部を燃え上がらせてキュウリに突進する。

しかし、


「ゴミのポイ捨て、環境破壊は許しません。」


天から声が響いたかと思うとパカッと地面が割れ、たばこを飲み込む


「甘い!そんな攻撃でこの煙草を倒せると思うなよ!」


事はなかった。

煙草は瞬時に跳躍し地割れを回避、そのまま着地しキュウリの元へと向かう。


「避けろ!キュウリ!」


「いや、俺は避けんさ。捕まえたぞ、煙草!」


キュウリは煙草の突進を避けるどころか受け止め、拘束した。

ジュウゥというキュウリが焦げる音が聞こえてきた。


「さぁ、俺ごとやるんだ!」


「そ、そんなこと、私には出来ない!お前までいなくなったらお盆はどうすんだよ!」


「いいからやれ!早く!」


キュウリは苦悶の表情を浮かべながらも自身ごと煙草に止めを刺すように言ってくる。

しかし私には仲間を犠牲にするような選択は取れない。


「しょうがないピューイ。せめて地獄までお供してやるピューイ。」


私が躊躇していると鷹が煙草に向かって突撃した。

再びジュウゥという肉が焼ける音と香ばしい匂いが漂ってきた。


「鷹ぁ!なんでそんな無茶を!」


「生まれはトンビでも心は鷹で在りたかったピューイ。

それを示せただけで、満足ピューイ。さよならピューイ。」


鷹は最期に恐らく満足げな表情を浮かべながらキュウリ、煙草と共に落下していった。


「馬鹿野郎、だから、私は、最初っからお前のことを鷹だって言ってただろう……!」


「エベレストはトンビ、いえ鷹とキュウリの亡骸を守り、煙草を封印するために眠りにつきます。」


「そんな、富士山、お前までも失うことになるなんて!」


富士山は己が使命の為に永い永い眠りに就くと言う。


「エベレストは最高の仲間でしたよね?」


「あぁ、富士山、お前は世界で一番の山だよ!」


「だからエベレストは富士山では、いえ、もういいでしょう。おやすみなさい。」


煙草を撃破したものの、かけがえのない存在を失い、私はまたも膝をつきそうになる。

しかし残るは扇のみ。散っていった仲間たちの為にもここで心折れる訳にはいかない。


「ついにここまで辿り着いたか。だが貴様はもはや一人。そしてこの私こそ四扇、つまりは死の奥義!貴様には万に一つの勝ち目もない!覚悟せよ!」


「なんてことだ、私には死の奥義を打ち破る手段がない。いったいどうすれば!」


絶体絶命のピンチ、挽回の策を考えるも打つ手なし。

私の初夢はこんなところで終わってしまうのか?

立ち向かう手段がないからと諦めてしまっていいのか?


「それでも、それでも私は諦めない!」


「くっくっく、威勢だけは一人前のようだな!

ならばせめてもの慈悲だ、死の奥義を以って苦痛を感じる間もなく葬ってくれよう!

はあぁ!」


目の前に死の奥義が迫ってくる。

迫りくる死を前に、世界はスローモーションになっていった。

流れる走馬灯。

あと僅かで、私の死によって初夢は終わりを迎えると思われた。


思われ『た』のだった。


「させんなす!」


死の奥義を防いだのは他でもない、あの時、確かに滑落していったはずの


「な、茄子!?どうして!?お前は確かに落下したはずでは!?」


「さっき煙草が落っこちてきて、なんかこう、煙草の熱と低温環境が良い具合に影響して上昇気流的なのが発生して舞い戻ってきたなす。」


「だとしても我が死の奥義を喰らって生きているなど有り得ない!貴様、一体何をした!」


そうだ。あの死の奥義を喰らったというのに茄子は傷一つ負っていない。

扇はもちろん、私も当惑している。


「なすびは一度は死んだ身でなす。死んでいる存在を殺すなんて不可能ってことなす。」


「ば、馬鹿な!?」


「さぁ、いくでなす。覚悟はいいかなす?」


「く、来るな!来るんじゃない!」


一歩、また一歩と茄子は扇に、近づいていき、扇は後ずさる。

そして茄子は扇を崖っぷちまで追い込み、


「なすなすなすなすなすなすなすなすなすなすなすなすなすなすなすなすなすなすなすなすなすなす、なあぁぁぁあああすっっっ!!!!!!」


「ぐわあぁぁぁぁぁぁっ!」


超高速のラッシュを放ち、扇は崖下へと吹き飛ばされていった。


「や、やった!私たち、勝ったんだ!ありがとう茄子!お前のおかげだ!」


「やったでなす。それじゃあ、ここでお別れなす。短い間だったけど、楽しかったなす。」


「え、何を言って……?」


勝利の余韻に浸っていると茄子は輝き始め、宙へと浮かび上がった。


「さっき言ったようになすびは一度死んだ身なす。

こうして復活して君を助けることが出来たこと自体、神様が与えてくれた奇跡でなす。

だからなすびの延長戦はここで終わりなす。さよならなす。」


最期の別れを告げ、茄子は天高くへと消えていった。


「茄子いぃーーーーー!!!」


慟哭を上げるも天には届かず。

多大な犠牲を払いながらも戦いには勝利した。

しかし、残されたのは私独りだけなんて。

今度こそ膝をつき、涙を零した。

そして意識は薄れていき、




「はっ、知ってる天井だ。」


どうやら夢を見ていたようだ。

内容はよく覚えていない。

ただ、何故か胸に穴が開いたような喪失感と、頬を伝う涙の跡だけは残っている。


「とりあえず、準備して初詣に行こう。」

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