頭髪
「ん?」
「あ。」
「「…………。」」
昼休み。
私は青井と目が合った。
青井が私の飲みかけのペットボトルに何やら怪しい薬品を入れている瞬間に。
「それじゃ。」
「『それじゃ。』じゃないから。」
「どうかしたのかい?」
「バッチリ目が合っていたのに白を切る度胸だけは評価するわ。」
「ありがとう。」
誉めてない。
欠片も褒めてない。
「で、何を入れたんだ?」
「特に危ない物ではないから、安心してくれていいんだよ。」
「で、何を入れたんだ?」
「髪の毛が凄まじく生えてくる薬。」
「は?」
「髪の毛が凄まじく生えてくる薬。」
いや聞こえなかったんじゃないから。
意味が分からないから出た『は?』だから。
「なんでそんな物入れたんだよ。どっからどう見てもそんな物必要ないだろう。」
「でも私は聞いてしまったんだ。」
「聞いてしまった?何を?」
「ここでは皆に聞かれてしまう。科学準備室に行こうか。」
本当に意味が分からない。
皆に聞かれたらマズい話を聞いてしまった?
髪の毛が凄まじく生えてくる薬?
青井は何を言っているんだ?
とりあえず青井に連れられて科学準備室に向かった。
「しかし、完全に私室って感じだな。学校の一角なのに。」
「科学部部長だからね。」
「部員1人だろ。」
「…………安達君が入部してくれてもいいんだよ。大歓迎さ。」
「ごめんなさい。モルモットだけは勘弁してくれ。」
科学準備室と言う名の青井の部屋に到着する。
部長だからと言うが、そりゃ部員が1名だったら部長になるだろうな。
それを指摘したら膨れっ面で勧誘された。
「で?何を聞いてしまったって言うんだよ?」
「この前、職員室に呼び出されただろう?」
「あぁ、どの日の事か分からないけど、呼び出されたぞ。」
「その時、聞いてしまったんだ。君がカツラを被っている話を。」
あの話か。あの勘違いされて弁明するのに苦労した時の話か。
仕方がない。面倒だけど、青井にも説明してやるか。
「青井。それは違う。」
「大丈夫。教頭先生に被検体になってもらって効果・副作用共に問題ない事は確認済みさ。」
「教頭を被検体にしたのかよ………。いやそうじゃなくて。話は最後まで聞け。あれは私じゃなくて、音楽室の肖像画の話をしたかったんだよ。」
「そうだったんだね。」
どうやら納得してくれたようだ。
まぁこの歳で頭髪に悩む奴なんて少数派だろうし、青井は頭が良いからすぐに理解してくれたんだろう。
「音楽室の肖像画みたいな感じの髪の毛が良かったんだね。それだったら申し訳ないけど、もう少しだけ時間が欲しいかな。今回の薬はパーマにするまでは出来ないんだ。仮にこの薬で髪を生やしたとしても、パーマにしたらどうなるかは分からないし。」
訂正。何にも理解してないし納得もしてなかった。
そうじゃない。そもそも私は別にパーマに憧れとか無いからな。
それに本気で髪がない事を悩んでるならパーマ優先なんて贅沢な事言わないで薬に飛びつくだろう。
「面倒だけど、最初から説明するからしっかり聞いていてくれ。」
「分かったよ。」
「元々は私が仮面を付けて学校に来ていたら職員室に呼び出されたんだ。けどオシャレだったら音楽室の肖像画に描かれている音楽家だって、オシャレでカツラを被っているって聞いたことがある。それなら彼らも学校でオシャレを許されていると言えるだろう。つまり私ではなく、彼らを対象にカツラの話をしていただけで、私が髪の毛について悩んでいるとかじゃないから。」
「なんだそうだったんだね。それならそうと言ってくれればいい物を。」
「言っても聞かなかったんだろうが。」
思い込みで憐れまれる身にもなってほしい。
「でも学校に仮面を付けてくるのはどうかと思うよ。」
「年がら年中白衣を着ている奴に言われたくはないんだけど。」
「これは………科学部部長だからね。この格好は楽だし。」
「なんで白衣は許されて仮面は許されないんだろうか。」
青井にしては常識的な事を言っているつもりだろうが、それは鏡を見てから言って欲しい。
不公平だろ。仮面はダメで白衣はOKなんて。
「日頃の行いの差じゃないかな?」
「お前だって品行方正って訳じゃないだろう。むしろ問題児として扱われても良いと思うんだけど。」
「教頭先生の悩みを解決してあげたりしてるからお目こぼしされてるんじゃないかな?」
「賄賂とか卑怯だと思う。」
「賄賂ではなく、日頃お世話になっている恩師に対しての感謝の気持ちさ。」
「でも教頭って授業しないから、普段お世話になってる感ないと思うんだけど。」
「どうせ感謝の気持ちを伝えるなら上の方……じゃなくて嗜好が分かってる方が良いからね。
結局賄賂じゃん。上の方って言ったの聞き逃してないからな。
「とにかく、私の髪の毛に問題は無いから。もう行くぞ。」
そして私は科学準備室を出ようと扉に手を掛けると、
「「「あ。」」」
「お前ら、何やってんだよ………。」
「偶然食堂で聞いてしまったんですよ。青井が安達の重大な秘密を握っていると。」
「悩んでる事があったら言ってくれたらいいのに。髪の毛が抜け落ちる程に悩んでるなんて気づけなくて、ごめん。」
「安心しな、安達。たとえハゲだろうと、アフロだろうと、俺達は友達だからな。」
「盗み聞きしてたんなら勘違いも解消しろよ。」
扉のすぐ傍には竹塚、沙耶、伊江が盗み聞きをしていた。
絶対に話の内容が勘違いって理解したうえでボケて来てるぞ。
竹塚は半笑いで心配して、と言うより秘密を握ろうって魂胆が見え見えだし。
沙耶は本気で後悔してるんじゃないかと言わんばかりに悲壮感溢れる演技をしてくるし。
伊江はなんでハゲとアフロを同列の悩みに並べたか分からないし。
なんだこいつらは。
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