結構なお手前で

ある日の休み時間。

丹野が飲み物を口にした瞬間、あのセリフを言う。


「結構なお手前で?」

「いきなりどうした。」

「しかも疑問形だぜ。」


私があのセリフを言うと、一緒にいた伊江と丹野は困惑する。


「いや、この間聞いたんだよ。」

「割り箸か?」

「それはお手元だな。」

「寿司職人か?」

「それは板前だな。」


そもそも割り箸とか寿司職人を聞くってなんだよ。

割り箸を割る音とか寿司を握る音ならともかく、それ単体を聞くって意味が分からないぞ。

丹野の馬鹿な発言は置いておくとして、


「竹塚がお茶を飲んでいる時にさ、このセリフを。」

「お、おう。」

「真似しただけって事か?」


いいや、そうじゃない。

どうやらまだ理解が及んでいないようだし、もう少し詳しく説明してやろう。


「言葉が足りなかったか?茶道部ってあるじゃん。」

「あるな。」

「でも竹塚となんの関係があるんだ?あいつは部活とか入ってなかったはずだぜ。」

「まぁ最後まで聞けって。」


確かに竹塚は茶道部に所属してはいない。

私と同じ帰宅部の人間だ。


「その茶道部に竹塚が遊びに行ってお茶を飲んできたらしくてさ。それで竹塚に聞いたんだよ。」

「何を?」

「茶道部に入部するって?」

「いや、入部とかの話はしてない。」


そうじゃなくて………


「茶道の作法についてだよ。」

「作法?」

「安達から最も遠い言葉が出てきたな。」

「なんでだよ。」


誰が不作法者だ。

こんなにも奥ゆかしくて作法を心掛けている奴なんて……………いないことも無いことも無いかも知れないだろう。


「とにかく竹塚は行ってたんだ。お茶を飲んだ後に『結構なお手前で』って言うんだって。」

「なるほどな。」

「でもさっきその言葉を言った時、安達はお茶なんて飲んでなかったぜ?」


確かに丹野の言う通りだ。

しかし、私の話を聞けば納得と感心をする事だろう。


「それで私は思ったんだ。誰かが何かを飲んでいたら『結構なお手前で』って言えば、より作法に精通してる感じが出せるんじゃないかって。」

「安達………。」

「お前………。」


伊江と丹野は私の話を聞いて呆気に取られる。

まぁ、こんな天才的な話を聞いたのだから仕方がないと言えば仕方がないか。


「馬「天才か!?」」

「だろ?」


伊江の感想は丹野の声に遮られて聞こえなかったが、恐らくは丹野と同じように私を称賛する声だっただろう。

そんな気がする。


「オレも今度からそれやるぜ!」

「丹野も作法の達人を目指すって事か。だけどこの道は険しくて厳しいぞ?」

「覚悟の上だぜ!」

「不作法の達人になら成れそうだな………。」


どうやら丹野も私と同じ頂を目指すようだ。

覚悟を決めているようだし、私も負けないように頑張らなくては。

それに最初の方がよく聞こえなかったが、伊江も達人に成れそうって言ってくれてる。

未来は明るいようだ。


「いっその事、誰かが何かを飲んだ時だけじゃなくて食べた時も言わないか?」

「ありだぜ!これはもう毎日練習するしかないぜ!」

「声出しの練習か。確かにいざと言うときに声が出ないと不作法者に成っちゃうし、やるか!」

「おう!」


私と丹野が作法の達人への道のりを語り合っていると、伊江が溜め息を吐いて呆れながら私たちに問いかける。


「お前ら、それを本気でやるつもりか?」

「え、本気だけど?」

「当たり前だぜ。」

「食堂とかで食事する時、周りにどれだけ飯食ってる奴がいると思ってるんだ?誰かが何かを飲み食いする度に言ってたら自分たちが飯を食う時間が無くなるからな?」

「「確かに…………!」」


何を当たり前な事を、と返事をしようと思ったら、伊江から盲点を突かれる。

くっ、それならば私たちはどうすれば作法の達人に成れるんだ!?


「『どうすればいいんだ」みたいな表情をしてるけどさ、別にそんなに作法にこだわらなくたって良いと思うんだよ。無理して形ばっかり大事にする必要なんてないんじゃないか?大切なのは気持ちってよく言うしな。」

「伊江…………!」

「その通りだぜ………!」

「そんな事よりもお前らの場合は周りに迷惑を掛けない事を第一に考えるべきだと思うんだよな。周りの気持ちを考えて。」

「「……………。」」


感動的な雰囲気で話が終わるかと思ったらそんな事は無かった。

迷惑なんて掛けていないと否定しようとしたが、否定したらしたで更に容赦なく突っ込まれそうなので無言を貫く。

私と丹野はアイコンタクトで今度伊江が食事をしている時に、隣で『結構なお手前で』を叫ぶことを決めた。

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