雲の形

ある日の放課後。


「たまに空を見上げて雲を眺めてるとさ、『あの雲、〇〇の形してる』って思ったりして、ずっと眺めちゃう事って結構あると思うんだ。」

「安達が小学生みたいな事を言い出し………言い出し……………いや、安達だし、いつもの事だったな。」

「伊江?」


それは私が常日頃から小学生レベルの発想しかしていないと言いたいのか?


「でも分かりますよ。僕もよくそんな事を考えていました。」

「ほら!竹塚もこう言ってるぞ!」

「他人の話はよく聞くんだな。『考えていました。』って言ってたよな?つまりは過去形だ。」

「竹塚、今から屋上に行って空を見上げよう。」

「あ、空だったら間に合ってます。」

「空に間に合ってるとかあるのか………。」


むしろ空が間に合ってないとかどういうことなのだろうか。

空って食品とか日用雑貨みたいなものなのだろうか。


「いいじゃん、空。」

「別に空を否定してる訳じゃないんだけどな。」

「でもこの寒い季節にわざわざ屋上に行ってまで見たいかと言われると、お断りしますね。」

「ぐぬぬぬ………。」


確かに外は寒いし、そんな中わざわざ外に出て空を見ようなんて思わないだろう。

しかし、


「それなら教室の中から空を見れば良いだろ。」

「まぁそれなら良いですよ。」

「そのセリフはせめてスマホじゃなくて外を眺めながら言って欲しかったぞ。」


竹塚の肯定に喜びを感じそうになるが、竹塚の否定を示していそうな姿勢に悲しみを感じる。

教室の窓から空に視線を向け、再び教室に戻すと竹塚はスマホを弄っているのだ。

せめて視線に気が付いたら外を見るなり、スマホから視線を外すなりしろよ。

なんで特に気にもせずスマホを弄り続けるんだよ。


「で、空を眺めて『あの雲が〇〇っぽい』みたいな話でもするのか?」

「いや、なんか思ってたよりも曇ってて、その話は出来そうにないぞ。」

「じゃあなんで最初に話題に上げたんだよ。」

「……………なんとなく?」


ふと窓の外を見て、『曇ってるなー。』って思って、なんとなく思い出したから。

特別こだわりがある訳でもなければ、日課とか習慣とかでもない。

単純に『そんな事をたまにやったりするなー。』程度である。

しかしふと思い出すとやりたくなったりもするので、話題に上げてみたのだ。

しかし2人とも空を眺める事はしていないようだった。


「何となくで小学生レベルの発想が出て来るところが安達らしいですね。」

「逆に知的な発想が飛び出してきたら驚きだけどな。」

「おい。」


私の事を何だと思っているんだ。

私はいつだって知的だろう。

それに雲の形から連想することだって、頭を柔らかくする体操的な意味もあるかも知れないし、そう考えるとむしろ柔軟な発想の持ち主として称賛されるべきだと思う。


「それに必ずしも子供だけが空を見上げて雲の形について考えているとは限らないだろ。」

「じゃあ他にはどんな奴が雲の形について考えるんだよ。」

「…………気象予報士とか?」

「別に雲の形を見て予報してる訳じゃない………よな?」


私の意見に対して伊江が若干疑問形になる。

超一流の気象予報士なら空を見て天気が分かる可能性、あると思う。


「空を見て天気を予想するのは漁師さんとか海の仕事をしてる人だと思うんですけど。」

「それだ!」

「確かにそう言われると納得出来るな。」


海の漢って響き的にカッコいいし、空を見て天候を予想し、船に乗って海原を往くようなイメージがある。

伊江も腑に落ちたような表情で頷いている。


「後は空を見上げる大人と言えば………」

「言えば?」


更に空を見上げる大人の例を挙げる竹塚。

漁師さんを始めとする海関連の大人を挙げたから、次は山か?

登山家的な?

それとも山菜を採る人とか?


「リストラされたサラリーマンでしょうか。」

「お、おぉ。なんとなく分かる。」

「公園のベンチに座ってる姿が思い浮かぶな。」


海の漢と言うカッコいい空を見上げる大人から一転、悲しみを背負った空を見上げる大人が挙げられた。

言わんとすることは分かるけど………

確かに似合うし空を見上げてそうだけど………

現実逃避して雲の形について考えてそうだけど………


「まぁ『見上げている』と言うよりは、『呆然としている』と表現するべきでしょうけど。」

「社会って厳しいんだな………。」

「私、大人になりたくないぞ………。」

「安心して下さい。安達は年齢的に大人になっても言動は子供だと思うので。」

「何を安心すれば良いんだよ。」

「普通にただただ迷惑な奴って事だよな。」


現実の厳しさを感じていると竹塚が私を迷惑な奴扱いしてくる。

なんて奴だ。


「私はたまに、そう、たまに課題を手伝ってもらったり、勉強を見てもらったりしているだけなのに。」

「『たまに』?『かなりの頻度で』の間違いでは?」

「少なくとも『だけ』って表現で形容できる程度の迷惑の掛け具合では無いよな。」

「あー、良い天気だなー。あ、あの雲、なんかの形してるなー。」

「目を逸らすな。」

「外はバッチリ曇ってますし、なんかの形ってざっくりし過ぎですよね。」


竹塚と伊江がジト目でこちらを見つめ、追及して来る。

助けてもらっている事自体は否定出来ないし、否定したら課題とかを手伝ってくれなくなりそうだから目と話を逸らす。

外は曇っていたが、眩し過ぎず、目を逸らすには適度な明るさだった。

話は逸らせなかったけど。

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