しゃっくり

ある日の放課後。

長谷道に課題を手伝ってもらっている時の事。


「ひっく!」

「おや、高校生から飲酒とは褒められた行為では無いね。」

「違うから!ひっく!」


ふとした瞬間、しゃっくりが出てしまう。

長谷道は酒を飲んだのか、と言い出すが、そんな訳ないだろう。

と言うか、なんでそんな発想が真っ先に出てくるんだよ。

未成年だぞ、未成年。

私の事を一体何だと思っているのか。


「知っているかい?しゃっくりって100回すると死んでしまうんだ。」

「え!?ひっく!マジで!?ひっく!」

「そのため百度の苦しみの後、現世から離れる『百苦離』と呼ばれる事もあるんだよ。」

「ひっく!マジで!?」

「百度の苦しみ云々は嘘だよ。適当に言ってみただけさ。」

「嘘なのかよ!ひっく!」

「冗談はさておき、さて、これで何回しゃっくりをしたかな?」


長谷道からしゃっくりの秘密を聞くが、だからと言って自らの意思では止められない。

そもそもしゃっくりなんて止めようと思って止められるものでは無いのだ。


「そんなの数えてないぞ!ひっく!」

「まぁ、そのうち止まるんじゃないかな?」

「適当だな、ひっく!こっちは命が、ひっく!掛かってるんだぞ!」

「しゃっくりしながら命がどうこうと言われるのって面白いね。」

「面白くない!ひっく!」


命が掛かっている事すら面白がるとか。悪魔か、こいつ。

いや確かにしゃっくりで命が危ういなんて言われてもギャグに聞こえるかも知れないけど。

私も実際にそんな事を言われたら笑うかも知れないけど。

しかし当事者としては真剣に聞いてもらいたいものだ。


「ところで安達くん。」

「ひっく!なんだよ?良い、ひっく!アイデアでも浮かんだか?ひっく!」

「葬儀場はどこが良いかな?」

「諦めて、ひっく!葬式の手配をするな!ひっく!」

「あと遺産の相続は10割私で良いかな?」

「良くない!ひっく!」


助ける方向でアイデアを出せよ。

なんで諦める方向にシフトしてるんだよ。

しかも諦めておいて、さも当然と言わんばかりの表情で遺産を全部相続しようとするなよ。

そもそも相続するような遺産なんて無いんだよ。

仮に相続できる程の遺産があったとしても、長谷道には1円たりとも渡すつもりは無いんだよ。

もしもあるとしたら、それは借金とかの負の遺産と呼ばれるような物くらいなんだよ。


「さて、課題を始めたぐらいから出始めたって考えると、90回くらいはしゃっくりをしてるんじゃないかな?」

「ひっく!ヤバい!あと、ひっく!10回もしゃっくりしたら死んじゃうぞ!ひっく!」

「そう言ってる間にプラス3回で93回。」


もうそんなにしゃっくりをしていたのか!?

思いの外ペースが早く、気が付くと死へのカウントダウンが10を切っていた。


「ひっく!なんかしゃっくりを止める、ひっく!アイデアは無いのかよ!ひっく!」

「無いね。」

「もう少し、ひっく!考えろよ!」


食い気味に答えるんじゃない。

せめてもう少し考える素振りを見せろよ。

長谷道が私のしゃっくりをカウントしていくと、ふと思い出したように口を開く。


「はい97回。………あ、そうそう。」

「ひっく!どうしたんだよ?ひっく!」

「さっきから教えてた課題だけど、実は全部嘘なんだ。だから最初からやり直しだね。」

「はぁ!?え!?嘘!?」


嘘!?

最初から!?

ここまで進めた課題を!?

もう残り僅かと言っても良いレベルまで進めた課題を!?


「おい!長谷道!それはシャレにならないぞ!やって良い事と悪い事があるだろ!これは紛れもなく重大な犯罪だろ!」

「嘘だよ。」

「だから噓を吐くのを止めろって………」

「最初の嘘って言った事が嘘って事だよ。」

「????つまり嘘が嘘で、嘘だから…………。」

「課題はキチンと進んでいるから安心して良いよ。」


流石に焦った。

ここまで頑張ったのに、『実は意味がありませんでした。もう一度頑張りましょう。』なんて言われた日には気が狂いかねない。

ゲームとかマンガを2周するのとは訳が違う。

地獄の2週目なんて絶対に嫌だぞ。

そして長谷道はそんな悪意に塗れた嘘を吐く可能性が十分にあるので余計に不安を煽られたのだ。


「なんだってそんな嘘を吐くんだよ。」

「ほら、びっくりするとしゃっくりが止まるって聞いたから。止まるかなって。」

「そんな馬鹿な…………あれ?」


止まってる?


「良かったね、99回目で止まって。」

「騙された事は少し癪だけど、しゃっくりを止めてくれたから許す。危うく死ぬところだったし。」

「あ、ちなみに100回しゃっくりをすると死ぬって言うのは迷信だから。特に科学的な根拠も無ければ実例も無いよ。あくまでもそんな俗説が存在だけしているってだけだね。」

「おい!」


だったらそれ言わなくても良い事だったよな?

わざとカウントダウンして私を焦らせる必要無かったよな?

嘘を吐いて驚かせてしゃっくりを止める必要も無かったよな?

やはり長谷道は油断も隙もない男だ。

なんで課題を手伝ってもらうだけなのに、こんなにも警戒する必要性を感じさせられるんだ。

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