コタツ
ある日、自宅にて。
「コタツは良いわね。」
「なぁ………。」
「やっぱり冬と言えばコタツよね。」
「沙耶。」
「何よ。今忙しいんだけど。」
「ミカンを食べることを忙しいって言えるなら世の中過労死で溢れてるだろ。」
「コタツと言えばミカン。ミカンと言えばコタツでしょ?それともあたしをコタツから追い出そうって言うの?」
我が家のコタツでぬくぬくと暖をとっている沙耶。
別にコタツに入るなとは言わない。
しかし私が言いたいのはそういう事ではない。
私は沙耶の背後に視線をやりながら、問いかける。
「我が家のコタツに入り浸ってるのはまぁ別に良い。沙耶の家にはコタツが無いからな。私が言いたいのはそうじゃなくて。
後ろの段ボールはなんだよ。」
「ミカン。」
「どんだけコタツを満喫するつもりだよ!」
段ボール1箱分もミカンを食べるつもりなのか。
段ボール1箱分のミカンを食べるまでコタツから出ないつもりなのか。
「ここに置いておいたら敦に取りに行かせる手間が省けるでしょ。」
「しかも私に取りに行かせるつもりだったのかよ。」
自分で行け。
私の家だぞ。
「と言うかどんだけ食べるつもりだよ。毎年おせちを食べ過ぎたって正月太りで痛っ!蹴るな!」
「余計なことを言わなければ蹴らないわよ。」
しかし普段よりも攻撃が穏やかと言うか、いつものようなインパクトがない。
そもそもコタツから出ようとしないので蹴り以外の手段が無いし、何回も蹴ってきたりもしない。
これがコタツの力か。
「それにミカンはビタミンが豊富で健康に良いの。」
「限度があるだろ、限度が。」
「大丈夫よ。ちゃんと白い部分も食べてるから。」
「何が大丈夫なのか分からないんだけど。」
食べ物が絡むと常識とか理屈が通じなくなる。
この幼馴染、大丈夫だろうか。
そのうち食べ物に釣られて誘拐されたりとか………いや、その場合は誘拐犯の方が危うそうだ。
そんな事を考えながらコタツの上のミカンに手を伸ばす。
しかし、
「………。」
「………。」
沙耶にパシッと手を叩かれ、ミカンを手にすることは叶わなかった。
沈黙とともに始まる攻防。
手を伸ばしては弾き返され、弾き返されては手を伸ばす。
私の家のコタツに入ってるんだから1個くらい譲ってくれてもいいだろう。
「なぁ、沙耶。」
「ダメよ。」
「まだ何も言ってないだろ。」
普通に譲ってほしいと言っても、いや言う前に断られる。
食い意地の張った沙耶の事だ。恐らく交渉には応じないだろう。
それならば………
「そう言えば昔、冬は寒いから体温を維持するためにカロリーを消費しやすい、みたいな話を聞いたことがあるぞ。」
「…………。」
リアクションこそ無いが、確実に反応している。
一瞬ピクッと動いたのを見逃してはいないぞ。
「いつもみたいな正月太りで嘆く冬を変えるチャンスじゃないのか?」
「……………。」
沙耶の意思が揺らいでいる。
確実に追い詰めているな。
沙耶がコタツから出ていけば、その隙にミカンをゲットできる。
完璧な作戦だ。
あとは詰めを誤らなければ………!
「沙耶、私はお前が硬い意志と揺るぎない信念でこのチャンスを活かすことを信じているぞ。今こそ外に飛び出すときだろう。」
「そうね………。」
よしっ!勝った!
「それならあたしも信じてるわよ。言い出しっぺのあんたがちゃんと運動に付き合う事を。」
「え?いや、私に運動の必要は………。」
「あんた体育の授業以外で普段から運動なんてしないでしょ。たまには身体を動かしなさい。」
勝ってなかった。
何故か私まで巻き込まれたぞ。
私はコタツから出るつもりなんて無いぞ。
何とかして断る理由を提示しなくては。
そう思っていると、沙耶は笑顔で、しかしどこか恐ろしい雰囲気を纏いながらことばを続ける。
「それとも、さっきからじっと見つめてるミカンを奪うためにあたしを追い出そうとなんてしてないわよね?」
「ソンナコトナイヨ?」
「そ。それならいいの。行くわよ。」
しまった………。
ミカンに対する執念が仇となったようだ。
これでは仮に沙耶1人を外に行かせても、ミカンを食べたことがバレたら制裁されてしまう。
さっきまではコタツの中にいたからこそ、それが枷となっていたが、外に行く、つまりはコタツから出ることによって枷が外れる。
先ほどとは比べ物にならない制裁が待っているだろう。
仕方がないので暖かい恰好をして行くとしよう………。
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