笑顔
「素敵な笑顔じゃないか、安達君。」
「青井。」
「やはり笑顔は良いね。幸福の象徴とも言えるだろう。」
「青井。」
「笑う門には福来るとも言うし、これから良い事があるかも知れないね。いや、良い事があったから笑うとも取れるか。」
「青井。」
「よく溜め息をつくと幸せが逃げるなんて言うけれど、それは幸せじゃないから溜め息をつくんだとも言われているからね。因果関係が逆転していると言う事だ。」
「青井。」
「つまりは笑顔であれば、即ち幸福と言う事になるんじゃないかな。」
「青井。
そろそろ私の表情筋を元に戻してほしいんだけど。」
青井は何やら御託を述べているが、その間も私の表情は引きつっているんだよ。
いや笑顔ではあるんだけど、ただ単に顔が笑わされているだけで心は笑えてないから。
幸せ云々語るなら心の部分をどうにかして笑わせて欲しかったよ。
「電極パッドで表情筋を動かして強制的に笑顔にし、先日作った一部の筋肉硬直させる薬によって表情筋を固定する。笑顔を人工的に作る実験は成功と言えるね。」
「いや、私その実験の話聞いてないんだけど。」
電極パッド?を付けられて、この薬を飲んで欲しいと怪しげな液体が入ったペットボトルを渡されただけなんだけど。
「退屈そうな表情をしていたからね。」
「いや理由になって無いだろ。」
「大切な友人を笑顔にしたいと思う事に理由なんて必要かな?」
「決め顔で良いセリフを言ってる感出してるけど、やってる事が面白い事とか楽しい事をして笑わせるんじゃなくて物理的に笑わせてるじゃん。」
これが何か悲しい事とか嫌な事があって、その時に楽しい事をして笑わせてくれるなら良いセリフに感じられるんだけど、今日は特にそう言うシチュエーションじゃないんだよ。
完全に表情だけ笑顔にしてる状態なんだよ。
心が笑顔になってないんだよ。
「なに、大人たちだって楽しいと感じていなくても表情だけ笑顔で振るまっているものだ。笑っているのに変わりは無いからね。」
「地獄かよ。」
笑いたくもないのに笑わなきゃいけないとか、信じたくもない。
そんな大人になんてなりたくないぞ。
「と言うか、なんで青井が大人について語るんだよ。」
お前、私と同い年だろ。
「確かに私と君は同年齢だけど、実験関係で大人と携わる事もあるからね。何せ学校では出来ない実験もあるし。」
「ふーん。大変なんだな。しかしそう言う青井はどうなんだ?」
「どう、とは?」
「お前も表情だけ笑顔で振るまってるのか?」
「突っ込んだことを聞いて来るね。大人を相手にするときは、そう言う時もあるさ。でも、君のような友人を相手にする時にわざわざ作り笑いなんてしないよ。」
何となく、青井は作り笑いを浮かべているんだろうかと疑問がわいた。
それについて尋ねると『ふっ』と笑って屈託のない笑みを浮かべる青井。
そうだよな、友達を相手に作り笑いなんて必要ないよな。
「でも友達の笑顔は物理的に作るんだな。」
「それはそれ、これはこれさ。」
良い感じの事を言っても誤魔化されないぞ。
作り笑顔の話を広げたのは私だけど。
「でもムッとした怒り顔とか目を見開いた驚き顔よりはマシじゃないかな?」
「そもそも実験をしないって選択肢が無いのかよ。」
「面白そうだったからね。実験したいと思った時には既に実験をしていたのさ。」
どこのマフィアだ。
少しは躊躇えよ。
まぁ内容によっては躊躇う事も止まる事もあるだろうけど、先に説明くらいはしてくれてもいいだろう。
「でも、こういうくだらない実験も嫌いじゃないよね?」
「まぁ暇だったし、別に嫌とは言ってないぞ。内容にもよるけど。」
嫌かと聞かれれば、よっぽど迷惑な内容でもない限り協力する。
よっぽど迷惑な内容だったら全力で逃げるけどな。
「ところでダラダラ話してたけど、そろそろ帰ろうと思うから治してくれないか?」
「どうせだから今日はそのまま過ごしてみたらどうかな?笑顔は色々な人を幸せにするんだよ。幸せのおすそ分けをしてあげようじゃないか。」
「いや無理矢理笑わせられてる私の幸せを考慮しろよ。青井、もしかして………。」
「自分が幸せでなくとも笑顔じゃないといけない、そんな大人に何の訓練も無しになるのは辛い事だと思うんだ。だからその訓練も兼ねているのさ。」
「おい、こっちを見ろ。私の眼を見て回答してくれ。」
最初にも治してほしいと言ったが、青井はさっきから笑顔の話を続けていた。
そして今もだ。
まさか、
「治せない、なんて事は無いだろうな?」
「…………人間誰しもうっかりミスってあるよね?」
「治せないって事じゃん!なんで笑顔で開き直るんだよ!」
その笑顔はもっと別の時に出してほしかった。
少なくとも自分の失敗を誤魔化す時以外で。
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