ドッペルゲンガー

「安達、聞いてくれぇ………。」

「どうした親方?新メニューの試食でも頼みたいのか?」

「違ぇよぉ。仮に新メニューが出来たとしても試食ならおめぇじゃなくて、うちでバイトしてる伊江に頼むてぇの。」

「それは残念だ。でも、たまには外部の人間に試食を頼むことで新しい視点から評価してもらえるかも知れないだろ?それに伊江も試食を繰り返していくうちに味が分からなくなる可能性もある。ここは私に任せてくれてもいいんだぞ。」

「おぅ。そのうちなぁ。」


親方の返事の仕方的にそのうちは絶対に来ない気がする。

行けたら行くレベルに信じられないぞ。


「てぇか、そうじゃなくてよぉ。俺、出会っちまったんだよぉ。」

「出会った?運命の出会い的な?おめでとう。祝福するよ。」

「違ぇ、人の話は最後まで聞けってぇのぉ。ドッペルゲンガーだよ、ドッペルゲンガー。」

「は?ドッペルゲンガー?親方、鏡でも見たんじゃないのか?」

「それを言うなら夢でも見た、だろぉ。俺がそんな初めて鏡を見た犬みたいなリアクションする訳ねぇだろぉ。」


親方の顔の圧力に自分で驚いたものかと思ったが、違ったようだ。

でもそれはそれで面白い気がする。見てみたいな、親方犬。


「でよぉ、ドッペルゲンガーっつったら出会ったら死ぬってぇのが定番じゃねぇか。」

「そうなのか?」

「そうなんだよぉ。」


臆病な所がある割に結構詳しいな親方。

恐れているからこそ理解しようとしているとも取れるけど、結局知識があるせいで余計にビビることになってるぞ。


「でも出会ったら死ぬ存在に出会った後に相談されてもアドバイスなんて出来ないぞ。強いて言うならそっくりさんだったとか、そんなオチなんじゃないのか?」

「それもそうだが、安達。」

「ん?」

「よく考えてみろぉ。俺とそっくりな顔の奴がそんな簡単に出会えるほど頻繫にいると思うかぁ?」


確かに………。

右を向いても親方の顔。

左を向いても親方の顔。

どこを見ても親方の顔とか、前世でどんな悪い事したらそんな世界に輪廻転生するんだよ。

地獄と言う言葉すら、生ぬるく感じるぞ。

いや、もう1周回ってギャグの世界なのではないだろうか。


「よく考えて後悔したわ。」

「いつもは否定してる俺が言うのもなんだが、俺みてぇな顔した連中がうようよいる世界なんざ自分が夢を見てるんじゃねぇかと疑うぜぇ。」

「………そうだ!夢でも見たんじゃないのか?」


親方のちょっとした発言から私は親方を安心させられるアイデアが思い浮かんだぞ。

これなら親方も死の恐怖に怯えなくて済むだろう。


「いや、俺も最初は夢って可能性を考えて頬をつねってみたんだがよぉ、痛かったわ。あれは夢じゃねぇ。」

「その痛みも夢だったんじゃないか?」

「夢の中で痛みは感じねぇだろぉ。」


夢だったでゴリ押ししようとしたけど、親方には通じなかった。

でもそのゴリ押し理論を信じてた方が親方にとっては幸せだったのでは?

夢じゃなくても勘違いと思っておけばこんなに怯える必要もないのに。


「良い事考えた!」

「おぉ!名案が浮かんだかぁ!?」

「ドッペルゲンガーをボコボコに殴り倒せば殺されないで済むんじゃないのか?」

「安達。」

「どうした?」

「ドッペルゲンガーに出会ったら死ぬってぇのは、別にドッペルゲンガーに殺されるって訳じゃあねぇぞぉ。」


マジか。

てっきりドッペルゲンガーがその人物に取って代わる為に殺害しているのかと思った。

じゃあどうしてドッペルゲンガーに出会ったら死ぬんだ?


「それによぉ、俺がもう1人いたとして、殴り合っても決着がつかないか共倒れになるかのどっちかだろぉ。」

「でも親方の見た目的に拳で語り合ったら友達になれるんじゃないか?そうすればドッペルゲンガーも親方に生きていてほしいと思うだろうし。」

「そんな熱血不良漫画のノリでドッペルゲンガーと分かり合えたらすげぇよ。そのドッペルゲンガー、現代文化に影響受け過ぎだろぉ。」


ホラーから一転。熱血硬派なドッペルゲンガーとか面白いと思うんだけどなぁ。

でも………


「親方、今生きてるじゃん。」

「言われてみれば、確かにそぉだなぁ。」

「て事は親方はドッペルゲンガーに打ち勝ったんじゃないか?」

「おぉ!それじゃあ俺は死なないで済むって訳かぁ!」


よし、何とか良い感じに親方を安心させられた。


「いやぁ、よかったよかっ………た………。」

「ん?どうした親方?向こう?え………?」


親方が安心したかと思ったらいきなり青ざめ、正面に向かって震える手で指を差した。

何かと思って指差された方を見るとそこには………


「親方がもう1人!?」


え?実はこっちの親方がドッペルゲンガーだったりしない?どっちが本物?それとも夢でも見てるのか?

でも隣でガクガク震えてる親方を見てると、反応的にこっちの方が明らかに本物だと思う。

すると正面にいた親方がこっちに気付き、大きく手を振る。


「あ、あぁ、きっとこの世からさようならって意味なんだぁ………。俺はもうお終いだぁ………。」


しかし………




「やぁ、安達くん。」

「え?」

「あぁ、ごめんごめん。この姿じゃ分からないですよね。ボクですよ。大久保ですよ。」

「そぉか、ドッペルゲンガーって日本では大久保って言うんだなぁ………。」

「起きろ親方。こいつは演劇部の部長の大久保だ。」


こちらに歩み寄って来たドッペルゲンガーは演劇部の部長、大久保だった。

確かにこの男の演技力、もとい変身能力なら親方の姿になるのも可能だろう。

いや常識的に考えたら別人になってる時点で演技力とかの域を超えていると思うんだけど。

でも大久保だし。

とりあえず意識が薄れている親方を起こし、大久保について説明する。




「そぉだったのか。今度の演劇でやる不良役のイメージに合ってたから俺を参考にしてたんだなぁ。」

「そうなんですよ。役を掴み切ったら姿を変えますが、それまでは参考にさせて頂こうと思いまして。」


どうやらこれで一件落着のようだ。

今度こそ親方も安心しただろう。


「いやぁ、2週間前に街で見かけた時は驚いたぜぇ。」

「ボクが梅嶋君の姿を参考にし始めたのは1週間前ですよ?」

「…………え?」


訂正。親方の災難は続くようだ。

立ったまま意識を失った親方を見ながら、私はそう思った。

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