キャッチボール

スパァンという、グローブにボールが収まる音が響き渡る。


「ストライッ!さぁ、まずは一球。しっかりとストライクを取っていきます。」


緊迫感のある雰囲気。ピッチャーも額に汗を浮かべている。

炎天下、という訳ではないが、太陽は頭上に浮かび、私たちを照らす。

スパァン!

また一球、小気味の良い音を立ててボールはグローブに収まる。


「ストライッ!ここでもストライクだ。既にツーストライク、バッター追い込まれました。」

「安達。」


際どい位置を正確に投げ込んでくる。これにはバッターも手も足も出ないだろう。

一瞬、名前を呼ばれた気がしたが、たぶん気のせいだろう。


「ピッチャー振りかぶった!これで決まるか!?」

「安達。」


なんだ、さっきから。


「どうした丹野?」

「さっきからうるさいっての!」


うるさいとは酷い言われようだ。せっかく人が審判と実況を兼任しているのに。


「なんでキャッチボールしてるのに野球の審判とか実況がいるんだよ!」

「私の心がやれって言ったから。」

「てかそもそもなんで3人で集まってる時に2人でやりそうなこと提案すんだよ。百歩譲ったとして3人で投げ合うって選択肢はなかったのか。」


伊江、そんなの決まってる。


「そういう天啓が舞い降りたからだ。」

「人はそれを思いつきって言うんだよな。」

「天啓とか言ってるが、そもそもさっき国語の授業で出た単語使いたかっただけだろ。」


物は言いようだぞ、伊江。天啓って響き、なんかカッコいいじゃん?

そして丹野、何故バレた。


「どうしてわかったって言いたげな表情だな。単純なお前の考えなんてお見通しだぜ!」

「それは知能レベルが似てるから分かっただけなんだよな。」


人の事を単純扱いしているが、お前も相当単純だぞ、丹野。


「そこまで言うなら、私がいかに知的かを証明してやろうじゃないか!」

「お前の場合、恥の方の恥的じゃないか?」

「上手い事言ったと言いたげな丹野は放っておいて、どうやって証明すんのかな?」


よくぞ聞いてくれた!

それは、


「チキチキ!故事成語しりとりキャッチボール!イエーイ!」

「「………。」」


沈黙が場を包む。

なんだ、ノリの悪い奴らめ。

しかし優しい私はしっかりと説明をしてやろう。


「説明しよう!故事成語しりとりキャッチボールとは!キャッチボールで球を投げる毎にことわざ等を言ってしりとりをするんだ!」

「「…………。」」


再び沈黙が場を包む。

さてはあまりにインテリジェンス溢れるアイデアに言葉もでないな?


「先手必勝!しりとり!」

「のわっ!いきなり投げてくんな!えーと、り、り、り?」


かかった!丹野のことだ、どうせ故事成語なんて大して知らないだろうし、ましてや『り』から始まる故事成語は知らないだろう!

私も知らないし。


「タイムオーバーだ!丹野!」

「はぁ!?制限時間ありなんて言ってなかったろ!」

「どうせ制限時間がなくても答えられなかっただろ!」

「この野郎!だったら3点先取制だ!」


ふっ、負け犬の遠吠えが聞こえてくるわ。


「今度はこっちが先攻だ!しりとり!」

「うわっ!お前こそいきなり投げてくんな!『り』だとぉ!?」


まずい、この作戦は先攻を取れるからこそ成功するのに!

丹野め、作戦の穴を突いて来るとは、中々やりおる!


「ほら早く答えろよ。3,2,1、タイムオーバー!」

「『り』から始まる故事成語なんて知る訳ないだろう!」

「結局両方とも恥的なのな。つーか『良薬は口に苦し』とかあるのにな。」


おっと、伊江が知識でマウントを取り始めたぞ?

これは許されざる。


「なぁ、丹野?」

「どうした安達?」

「私たちのことを常日頃からバカ扱いしてくる伊江にぎゃふんと言わせたくないか?」

「奇遇だな、実はオレもそう思ってたんだよ。」


同盟が今ここに締結された。昨日の敵は今日の友。

今こそ邪知暴虐の伊江を打倒しようではないか!


「デデン!問題です!『天』の付く二字熟語を伊江と丹野の2人で交互に答えよ!」

「え!?オレも!?」


戸惑う丹野を無視して伊江が回答を開始する。

そして4巡したところで、


「ギブアップ!」

「丹野を破るとはやるではないか。だが奴は二天王の中でも最弱。」

「二天王ってカッコつけた言い方してるけど2人だけなのな。まぁ、何にせよ五十歩百歩だとは思うが。」


丹野め、伊江にぎゃふんと言わせると決意しておきながら情けない奴め。


「なら次は『地』の付く二字熟語を安達と伊江の2人で交互に答えろ!」

「え、私も!?」


丹野の奴、私まで巻き込みやがったな!

上等だ、やってやる!

そして3巡が経過し、


「待った!ちょっと待った!」

「諦めな。ひねり出したところで、俺はあと3つは余裕でいけるぞ。」

「安達め、人の事を最弱とか言っといて、オレよりダメじゃねぇか。」


くっ、流石は伊江。この紙一重の勝負、今回はお前に譲るとしよう。

あと丹野。諦めなければあと4つは思い出せたと思うから。お前よりはマシだ。


「つーかなんで休日の昼間っからこんな変な事してんだかな。」

「安達の思いつきに振り回された結果。どうせやるならフリースロー対決とかがよかったぜ。」

「天啓だからしょうがないよね。あと丹野、ボールはともかくゴールはどうやって用意するつもりだよ。」

「学校に行くとか?」


なんでわざわざ休日に学校に行かなくてはいけないんだ。


「学校と言えば、この間お前ら補講がどうとか言ってたけど、たしか今日の午後じゃなかったかな?」

「伊江、また今度な!」

「あ、おい待て安達!置いてくな!」


なんでわざわざ休日にキャッチボールなんてしてたんだ!

とにかく遅刻の言い訳を考えよう。

こう言うのはどうだろうか、『ヒーローは遅れてやってくるのがお約束ですよ。』うん。これで決まりだな。


そんなことを考えながら学校へと駆け出すのであった。


尚、補講は遅刻して怒られた。言い訳したら更に怒られた。どうやら私はヒーローではなかったようだ。

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