長老

「長老になりたい。」

「この前丹野がさぁ……」

「へぇ。」


私の話を無視して会話を続ける友人たち。

しかし諦めずに投げかける。


「長老になりたい。」

「………で委員長がそう言ったのな。」

「相変わらずですね。」

「人の話聞けよ!」


一瞬止まって、また会話を再開する友人たち。

無視は良くないと思います。まったく。

思わず叫んでしまった。


「意味が分からな過ぎるな。」

「安達が変な事言い出すのはいつもの事ですからね。」


変とはなんだ、変とは。


「実はこの前見た映画で、」

「そしたら親分が……」

「あはははは!」

「だから人の話を聞けぃ!」


私の話を遮って会話を続けるんじゃない。


「いつも通り、その映画とやらに影響されたんだよな?」

「そう!その映画に登場する長老が凄い人でな。私もあの長老みたいにデカい器で仲間たちを導き、皆から慕われる人気者になりたいなって。」

「最後の部分が本音ですよね。私欲十割の。」


いいじゃん!どんな偉業を成す英雄だって動機は私欲ってパターン結構ありそうじゃん!


「デカい器って、安達には無理では?」

「何を言い出すかと思えば。私の器の大きさ、懐の深さを見くびってもらっては困るな。」

「安達の器は猫の額の如く、懐はペットボトルのキャップのように深いですからね。」


いいぞ竹塚!もっと言ってやれ!

ん?よく聞いてみるとバカにされてないか?


「誰がみみっちいだとこの野郎!」

「どういうところですよ。」

「これで長老は無理だろ。最悪、老害とか言われるのが関の山だな。」


くっ、言ってくれるじゃないか。

しかし!


「どんなに優れた人格者でも若かりし頃は未熟な事もあるだろ!」

「じゃあ優れた人格者とやらになる為に特訓ですね。」

「そうだな。それは良いな。」


ん?なんか雲行きが怪しいぞ?


「という訳で安達、焼きそばパン買って来て下さい。」

「俺はコロッケパンな。金は払うから。」


こいつら人のことをパシリにしようとしてやがる!

しかし反抗しても『所詮はその程度の覚悟なんですね』とか言われそうだし、上等だ。


「おう、ちょっと待ってな。」

「お?随分素直なのな。」

「てっきりもっとごねると思ったのですが。」


私は秘策を胸に購買に向かっていった。

そして、


「ほら、買って来てやったぞ。きっちり耳を揃えて金払えよ。」

「ちょっと待て、何だこれ。」

「見りゃわかるだろ。伊江、お前が買って来いって言ってたコロッケパンだよ。」

「コロッケパンの名称の話じゃなくて量の話な。なんで5個も買って来てんだよ。」

「1個とは言われてないからな。」


個数の指定をしなかったのが運の尽きだな。

しかも消費期限は明日までだ。


「なるほど。この狡賢さ、もとい狡猾さも仲間を導く上で必要かもしれませんね。器の大きさは欠片も感じられませんでしたが。」

「安心しな。食べきれなさそうだったら手伝うから。捨てるのはもったいないし。」


仕返しはするけど手助けもしっかりする。これは大器だな。

そもそもいっぱい買ってこなければ手助けも必要なかったって?

そこは気にしてはいけない。


「じゃあこれ食べて下さい。」


竹塚が3個焼きそばパンを渡してきた。


「これも頼むな。」


伊江が2個コロッケパンを渡してきた。


「オレはこれやるよ。」


丹野がカレーパンを渡してきた。


「仕方ないわね。はい。」


沙耶がメロンパンを渡してきた。


「ん?ちょっと待て、なんかおかしいぞ?」


いつの間にか丹野と沙耶が私たちの方に来てパンを渡してきた。


「え?なんか飯に困ってんじゃないのか?」

「竹塚と伊江にパンを恵んでもらってたんじゃないの?」

「違う!別に食うに困ってとかじゃない!」


どうやら憐れまれてパンの差し入れに来たらしい。

その思いやりはとてもありがたいけど、流石に食べきれない。

優しい友人と幼馴染に事情を説明してパンを返し、ついでに丹野に焼きそばパンを、沙耶にコロッケパンを1個ずつ押し付けた。


「また敦が変な事言い出したって訳ね。」

「リーダーとかじゃなくて長老っていうのが安達らしいぜ。」

「いいじゃないか。夢があって。」

「夢しかないとも言うな。」

「でもさっきの差し入れから、ある意味人望があるのは分かりましたよね。」


確かに!やっぱ人気者の才能があるのかも知れない!


「敦って見てて面白いからね。」

「こいつのバカっぷりはある意味才能だからな。」


おかしいな、人望ってなんだっけ。沙耶も伊江も見世物扱いは止めてくれ。金取るぞ。


「こうなったら長老じゃなくてもっと具体的に、総理大臣とか大統領を目指すかな。票がいっぱい入るってことは人気者ってことだろ。」

「総理大臣はともかく、大統領って海外に移住でもするのかよ。」

「しかも志望動機がしょうもないわね。」

「俺が有権者だったら絶対投票しないな。不安しかないからな。」


友人たちが冷たい。

同じような理由の立候補者がいたら私も絶対投票しないだろうけど。


「僕は投票してあげますよ。」

「竹塚……!」


感動した!この美しい友情に!


「1万円でいいですよ。」

「竹塚……。」


失望した。この醜悪な友人に。


「てか金で票を買ったらアレだろ。アレ、工作選挙法違反。」

「公職選挙法違反ですよね。そんな工作OKな選挙聞いたことないですよ。」


それだ。正々堂々やんなきゃ意味がないからな。また一つ賢くなった。


「そんなに仲間から慕われる人気者になりたいなら良い方法があるぜ。」

「丹野のことだから変な事言いそうだけど、聞くだけ聞いておく。」

「余計なお世話だ。まぁいい、委員長になればいいだろ。クラスの皆の為に働き貢献すれば人気者って訳だ。」


丹野にしては良いアイデアだ。

面倒臭いという点を除けば。


「え?安達くん、仕事を手伝ってくれるんですか?ありがとうございます!」


しかし偶然にもこの会話が委員長の耳に届いてしまったようだ。

とてもキラキラした目でこちらを見てくる。故に断りづらい。


「そうそう、安達がみんなの為に頑張りたいって。」

「良いクラスメイトを持ちましたね。」

「優れた人格者になる為の特訓中だもんな。」

「敦、こうなったら素直に手伝いなさい。」


しかも友人たちは揃って私を売る。


仕方がない。委員長も普段はみんなの為に頑張ってるし、一肌脱ぐか。

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