人生

どこまでも、どこまでも深い絶望が私を覆う。

かつて同じ釜の飯を食い、轡を並べた友たちは、私の遥か彼方、先を往く。

生まれは大差なく、環境の違いがあった訳でもない。

慢心していた?


否、私は最善を尽くそうとした。

天運がなかったのだ。

時に機会は気づけば通り過ぎ、時に慎重に目を凝らせど一歩足りないことがあった。


家族もなく、職もなく、あるのは多額の借金だけ。

もういっそ、諦めてしまおうか。

全てを投げ出してしまおうか。

それが出来ればどんなに楽になれるだろうか。


医の道を進み、家族を得た友よ。

会社に勤め、堅実に道を歩む友よ。

彼らが両脇から私の肩に手を乗せる。

宝くじで大儲けし悠々自適に暮らす友よ。

彼が正面から私に微笑みかける。


つらく、苦しくとも、私は歩み続けねばならないのか。

諦めるなと激励するのか。




「ほら安達、早く出産祝いを払うんだ。」

「お前ら十分に金持ってんだろうが!こちとら素寒貧の借金まみれだろ?もう払える金がないんだよ!」

「そこに借金手形があるよな?」

「さらに借金を増やせとか鬼か!?」


人生ゲームってこんなにも残酷なゲームだったんだなって、今初めて知った。

一番残酷なのは、借金させてでもマスに書かれた出費を強要してくる友人だけど。


「安達は大変だなー。諦めずに頑張れよ。」

「ゴロゴロしながら心の篭ってない同情どうもありがとう。破産しろ高等遊民め。」

「まさか丹野が宝くじを買いまくって収支で大幅にプラスに持ってくとか予想できなかったな。普通にマイナスか、良くてプラマイゼロだと思ってた。」

「なんか運が向いてきてる気がするから将来は宝くじ買って一山当てたいぜ。」

「やめときな。人生ゲームと違って現実の宝くじの確率は絶望的だと思うからな。」


くそぅ。私もあそこで宝くじを大量に買っていれば、運命は違ったかも知れないのに。


「しかし凄い人生を歩んでいますよね、安達は。」

「そうだな。芸術家に就職したと思ったら次のターンに止まったマスで『不況の影響で失業。所持している職業カードを捨てる。所持していない場合は無効。』ってなって即無職だからな。」

「しかも大体のターンで所持金が減るマスに止まったり、オレたちが他のメンバーから金を集めるマスに止まったりしたせいでガンガン借金が増えてくし。」

「すごいだろ、絵に描いたような転落人生。芸術家だけに。」

「「「…………。」」」


ふふふふふ。ここまで落ちるともはや何も怖くない。ギャグが滑って凍てついた空気も冷ややかな視線もなんのそのだ。

それにまだ決着は付いちゃいない。

ゴールは遠く、勝負はまだこれからだ。


「現状トップの僕と安達じゃ、数億の差がありますよ。流石に諦めてもいいんじゃないですか?」

「何を言ってるんだ竹塚。勝利の女神ってのは諦めない奴に微笑むんだぞ。こっから巻き返してやる。」

「往生際が悪いな。らしいっちゃ、らしいが。」


この先には天国と地獄の分かれ道がある。

そのマスに止まった時、ルーレットを回すことができ、奇数なら地獄、非常に悪い効果のマスしかないへの道。そして偶数なら天国、つまりはとても良い効果のマスしかない道に進むことが出来る。

もちろんルーレットを回さずに普通の道を進むって選択肢もあるが、それじゃ逆転は出来ない。

つまり私に必要な要素は2つ。

1つは分かれ道のマスに止まる事。もう1つはそのマスで偶数を出すこと。


「随分と分の悪い賭けだな。」

「オレもそんな賭けに勝ったからここにいるんだ。案外上手くいくかも知れないぜ。」

「いくぞ!」


カラカラと音を立ててルーレットが回る。

この瞬間、皆も息を呑み、状況を見守る。

ルーレットの回る音以外が聞こえなくなり、一瞬の時間さえ、永劫の如く感じられる。

徐々に回転が弱まってくる。


『1』、『2』、『3』………


6よ!出てくれ!


『4』、『5』…………


あと少し、あと少しだけ回ってくれ!


『6』……………!止まった……!奇跡的幸運……!

これは来ている………!今までの揺り戻しが………!


しかしここからが本当の勝負だ!

ここで奇数の目を出そうものなら借金手形が足りなくなるだろう。


「安達、ここで普通の道を選んでも、最下位で終わるけど借金は返済できるかも知れません。」

「それに最悪、地獄へと進み、更に借金が増えるかも知れないな。」

「それでもお前は挑むんだな?この戦いに。」


私はゆっくりと頷き、ルーレットに手を掛ける。

目を瞑れば、今までの苦境が瞼の裏に浮かぶ。

賭けに出ることなく、安易な道を選ぶこともできただろう。

だが、


「勝利の女神は諦めない奴にこそ微笑む!だったらやるっきゃないだろう!」


カラカラカラカラ!


勢いよくルーレットが回る。

衰えず、交互に偶数と奇数を指し示す。

ゴクリと唾を飲み込み、冷や汗をかきながらルーレットを見つめる。


回る、回る、回る。


しかし確実に勢いは衰え、肉眼でルーレットの数字が見える程度の速度になってきた。


『偶数』、『奇数』、『偶数』、『奇数』………


緊張の一瞬。偶数来い!偶数来い!


『偶数』………『奇数』……………


天国の道よ、開かれろ!


『偶数』…………………!止まった………!偶数で、止まった…………!


「マジか。」

「これは逆転の可能性も見えてきたな。」

「悪運強いですね。」

「見たか!これこそが諦めずに戦い続けた漢の姿だ!」


なんだろう、ゲーム自体の勝敗どうこうより嬉しい気がする。

これが自分との戦いに勝った喜び!


「じゃあオレも天国チャレンジするかぜ!」


僅かに先行していた丹野のターンが回ってくると天国チャレンジを宣言した。


「さっき運を使ってるが、止まれるかな?」

「3、よし!流れは途切れていない!」


おいおい冗談はよしてくれ。

ここで天国ルートに入られたら逆転トップになれなくなっちゃう。


「じっごっく!じっごっく!」

「オレの夢は終わらねぇ!」


出た目は『奇数』。地獄行である。


「逝ってこい。」

「地獄に堕ちたな。」

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁぁぁぁぁぁ!」

「夢破れてってやつですね。」




最終的に丹野は2位から最下位へと転落し、私は借金が足を引っ張ってギリギリで2位となった。

竹塚はこれまでに稼いだ額と一着ボーナスで1位に、丹野は終始堅実に歩みを進め3位となったのであった。


諦めなければ逆転できる。やっぱり人生ゲームはこうでなくては。

一方で丹野は残酷な現実に打ちひしがれているが。

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