「……………。」

「どうした、安達。さっきから焼きそばをじっと見つめて。早く食わないと冷めちまうからな?」


ホカホカと湯気を上げる焼きそば。

香ばしいソースの匂いと面の上で輝く青のり、踊る鰹節、散りばめられた豚肉とキャベツの脇には紅ショウガ。

そんな焼きそばが私の目の前にあった。

そんな焼きそばに対して疑問があった。


「伊江。私は疑問に思う事があるんだ。」

「焼きそばって、普段食べてる蕎麦をソースに絡めて焼いたら似たような味になるのかって疑問か?」

「違う。いや、それも興味があるけど。」


伊江の語った『蕎麦にソースを絡めて焼いたもの』は今度親方に作ってもらうとしよう。

親方なら少なくともマズい物は作らないだろうし。


「そうじゃなくてな、お祭りの時に食べる焼きそばって美味いじゃん。」

「そうだな。」

「でもさっきコンビニで買った焼きそばは何か違うんだ。」


そう、目の前にあるのは決してお祭りの中で手に入れた焼きそばではない。

コンビニで買った、何と言うか、特別ではない、普通の焼きそばなのだ。


「何かってなんだよ。」

「お祭りの時に食べた焼きそばの方が美味かった。何故だ。」

「知らん。」

「私はこれを『祭りの焼きそば美味しい現象』と名付けようと思う。」

「まんまだな。それに馬鹿丸出し感が凄いな。」


シンプルで良いだろう。

分かり易い方が理解もされやすいだろうし。


「夏に食べるかき氷とかアイスは美味いだろ?」

「そうだな。」

「冬に食べるおでんとか鍋も美味いだろ?」

「そうだな。」

「つまりこれも『祭りの焼きそば美味しい現象』が影響してるとは思えないか?」

「思えないな。」


思えないのか。

何故だ、こんなにも理解出来そうな例えを出したと言うのに、どうして伊江は『祭りの焼きそば美味しい現象』を納得してくれないのだ。


「安達、お前は旬って言葉を知ってるか?」

「それくらい知ってるぞ。」

「かき氷もアイスも夏が旬だし、おでんも鍋も冬が旬だ。これらの情報から導き出される答え、それはな………。」

「焼きそばは祭りが旬って事か。」

「そうだ。…………実際の所どうだかは知らないけどな。」

「旬って凄いんだな!ところでなんか言ったか?」

「いや、何も。」


旬かー。確かにテレビでもちょいちょい言ってるしなー。

旬ならしょうがないなー。


「いえ、良い着眼点だと思いますよ!」

「そうね。その通りだわ。」

「竹塚!沙耶!」


伊江との話を終え、焼きそばに箸を伸ばそうとした時、彼らは現れた。


「ようやく選び終わったんだな。」

「えぇ、長い戦いだったわ。」

「横から茶化そうかと思ったら、集中して真剣に選んでいて声を掛けられませんでした。」


沙耶はコンビニのハロウィンフェアでパンプキンパイとカボチャのシフォンケーキを両手に悩み始めたので、時間が掛かると思い、伊江と共に先に清算を済ませて外で待っていたのだ。

竹塚は沙耶の横から口出しをしようと思ったらしいが、期間限定のスイーツで悩む沙耶の真剣さに圧されたらしい。

と言うか、


「おい、沙耶。私の焼きそばに手を伸ばそうとするんじゃない。どこから出した、そのフォーク。」

「シフォンケーキと一緒に付けてもらったのよ。そんな事よりも、冷めちゃった状態で食べられる焼きそばが可哀想じゃない。食べないならあたしが食べてあげるわよ。」

「今から食べるんだよ!」


お前にはさっき買ったスイーツがあるだろう。

先に私の焼きそばを奪おうとするんじゃない。


「まぁ安達の焼きそば争奪戦は置いておくとして。」

「置いておくな。これは私のだ。争奪戦なんて起こさなくて良いんだよ。」

「俺、さっき結構適当な事言ったけど、焼きそばは祭りが旬ってなんだよ。」

「伊江、旬とは即ち、その食材が美味しく食べられる時期と言う事です。そしてお祭りとは非日常の空間を作り出し、お祭りで売っている食材を美味しくする効果があるんですよ。なので祭りと言うタイミングを旬と表現するのは、中々言い得て妙だと思いますよ。」


竹塚は旬について熱弁を振るう。

しかしそう考えると1年中どこかしらで旬なんだな、焼きそばって。


「そうね、あたしもお祭りだと普段よりも沢山食べられるもの。」

「いや、沙耶は普段から食べ過ぎ………いや、何でもない。」

「食べ過ぎちゃうくらい沢山食べられるのもお祭りが原因なのよ。」

「そこは自制心の問題………いえ、なんでもありません。」


沙耶もそれに同意するが、普段も食べ過ぎでは?と言おうとしたら睨まれた。怖い。

竹塚も茶々を入れようとするが、私と同じように睨まれる。


「四季折々に恵まれた日本で旬の味を楽しまないと損じゃない。その時を、最高の瞬間を楽しもうとするのは誰にも咎められるような事じゃ無いわよ。」

「それなら後で食べ過ぎたって後悔するなよ。」

「そもそも入屋的に旬じゃない食べ物なんて存在しないと思うんですけど。」

「まぁ入屋らしいっちゃらしいけどな。」


美味しい物を美味しいタイミングで食べたいって気持ちは分かるけど、誰かに咎められるような事じゃ無いって言いたいのも分かるけど、それでしばらくしてから体重計を見て悲鳴を上げるのはお前だぞ。

毎年見て来た光景だけど、毎年同じ過ちを繰り返しているって事だし。


「食べないで後悔するよりも、食べて後悔する方が良いでしょ。」


今年も同じパターンになりそうだな、これは。

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