時間稼ぎ

「保木先生、保木先生って良い先生ですよね。」

「あら?いきなりどうしたんですか?」

「いえ、私は保木先生の生徒で幸せ者だなって思って。先生は生徒思いで、頭が良くて、美人で、器が大きくて、優しくて、とにかく教師の鑑のような人だと思います。」

「もう、そんなに褒めても何も出ませんよ。」

「いえいえ、本心から言っているだけで、成績に色を付けてもらおうとか何か見返りを貰おうだなんて思ってないですよ。」


そう、見返りはいらない。

そんな物を求めてはいないのだ。

ただこうして先生と会話を続ける事に意義がある。


「ただ、そんな素晴らしい先生と会話できる喜びを嚙みしめていまして。」

「安達くん、何か悪い物でも食べましたか?拾い食いなんてしたらダメですよ?」

「してないですよ!私の事を何だと思ってるんですか!」

「でも、普段と比べて様子がおかしいと言うか、何と言うか………。」


マズい、怪しまれている。

しかし、ここで会話を切り上げて逃げ出す訳にはいかないのだ。

ここで退いては後々の困難をもたらすことになる。


「それは、アレですよ。その………そうだ、日頃の行いを省みて、立派な大人になるにはどうしたらいいのか考えまして、それで保木先生を見習おうかな、と………。」

「まぁ!そうだったんですね!私、安達くんが真面目になってくれて嬉しいです!」

「そう!そうなんです!真面目になったんです!覚醒したんです!」

「それはとっても素晴らしいですね!それなら私も安達くんが立派な大人になれるように全力で向き合いますよ!」


先生がなんか凄くやる気を出している。

騙しているようで申し訳ない気持ちになって来たぞ。


「そうですね。それじゃまずは日頃の遅れを取り戻すためにも勉強の方からですね。」

「え?」

「今までは足りていない基礎を埋める類の課題ばかり出していましたが、これからはそれに加えて応用も出来るようになりましょう。それから生活の面でも善良で模範的な生徒として振舞うために………」

「先生、先生、いきなり色々やるのは難しいと思うんです!」


マズい。先生のやる気が溢れすぎている。

これでは会話を継続する事で回避できる困難よりも、より多くの苦行をする羽目になってしまうぞ!






時は遡り、廊下の一角にて、


「おっす安達!」


ドン!


「え?うわっ!?」


ツルッ!

ガシッ!

バキッ!


「「あ。」」


丹野に押され、足を滑らせ、咄嗟に壁を支えにバランスを取ろうとしたが、


「おい安達、お前なんて事してんだよ。また先生に怒られるぜ。」

「丹野がいきなり押すからだろ!」

「誰か通りかかる前にオレは逃げるぜ!」

「原因お前なんだからどうにかしろよ!もし私がお説教されるんだったら真っ先にお前のせいだって教えるぞ。」

「安達、もたもたすんな!早く証拠を隠滅するぞ!」


壁にかかっていた掲示板を掴んでしまい、少し壊してしまった。

丹野はすぐさま逃げようとするが、そうはいかないぞ。


「とは言っても直せそうな物なんて何も持ってないぜ。」

「それなら………とにかくどうにか出来そうな物を持ってくるぞ!」

「おう!流石に何も使わずには直せねぇ!適当にボンドとか探してくるぜ!」


手分けして使えそうな道具を探しに行く丹野と私。

流石に素手で壊れた掲示板を直すのは無理がある。

互いに現場から離れたのだから、ここで戻らずに逃げ出すと言う選択肢もあったが、互いに逃げたらチクられると言う状況の為、戻らざるを得ない。


「あ、安達くん!廊下は走っちゃいけませんよ。」

「保木先生!」


急いで道具を探しに行こうとすると、偶然にも隠蔽しなくてはいけない現場のすぐ傍で保木先生と遭遇した。

そして現在に至る。

もしここで保木先生を開放してしまえば、この先にある現場を目撃されてしまう可能性が高い。

ここは何としても引き留めて、丹野がどうにかしてくれる事を期待しよう。

私はここで時間を稼ぐから、頼んだぞ!丹野!私たちの未来はお前の手に委ねられた!






「安良川先生、安良川先生ってマジ名教師だなって思うっす。生徒思いで、頭が良くて、イケメンで、頭脳派で、熱い男で、こう、あれっす。マジで教師の鑑だと思うっす。」

「なんだぁ?いきなり?頭でも打ったか?」

「いやいやいや、紛れもない本心っす。嘘偽りのない本心っす。」

「お前がそんなに俺を褒め称えるとは、なんか隠そうとしてないか?」

「ぎくっ!…………そ、そそそそんな事ある訳、ななないじゃないっすか!オレ、ヒンコーホーセーでメッチャマジメ!悪い事何もしてないっす!」

「お前のどこに品行方正って言える要素があるんだよ………。しかも動揺しまくって、怪しいな。」

「怪しくない、怪しくないっす!オレ、正直、嘘ツカナイ!」

「ならなんで片言なんだよ。さてはお前、何か隠してるな?」

「隠してない、隠してないっす!だからもう少しオレの話を聞いて行って欲しいっす!(安達!オレがここで時間を稼ぐ!だから早く証拠隠滅をしてくれ!)」




最終的にはバレてお説教コースだった。

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