質と量

「量より質だと思うけどな。」

「いや、質は程々で良いから量があった方が良いだろ。」

「多過ぎても困ると思うけどな。それなら程々の量で質が良い方が良い。」


いつものように教室で雑談をしていたが、私と伊江は1つの話題で意見が対立した。

質より量か、良より質か。


「大体お前、食事の時とかそんなに特盛頼まないじゃねぇか。」

「大盛なら頼んでるぞ。そう言う伊江こそ昼飯選ぶ時、いつも適当に選んでるように見えるぞ。迷ってるところを見たことが無いし。」

「それとこれとは関係ねぇだろ。むしろ迷いなく自分を信じて選んでるだけであって適当って訳じゃないからな。」

「それなら私だって、ただ量を重視するんじゃなくて自分で食べきれる量を、満足感を得られる量を理解してるだけだぞ。量を優先してるからって無駄にしたり、とにかくいっぱいあれば良いなんて思ってる訳ないだろ。」


質より量とは言っても、あくまでもどちらを優先するかと言われたら量を選ぶと言うだけの話だ。

食べ物を無駄にするのは良くないし、食べ過ぎて満足感を得られないのでは意味が無い。

あくまでも味で満足感を得るよりも満腹感で満足感を得たいだけなのだ。


「それを言ったら俺だってひたすら質を優先してる訳じゃねぇからな。大体世の中の高品質な物ってのは高価格なのが常だからな。手の届く範囲で質を優先してるんだよ。」

「うーん、でも同じ値段で何か買うなら質が良い物より量が多い方が嬉しいぞ。」

「まぁ結局、人それぞれだしな。そのうえで俺は質を選ぶけど。」

「そうだ、次に教室に入って来た奴が質派か、量派か予想しないか?」

「どう………じゃなくて良いんじゃないか。」

「今どうでも良いって言いそうになっただろ。」


人それぞれで片付けたら大体の事はそうなるんだけど。

まぁそれを言わなければ永遠に決着が付くことも無いけど。

そして伊江、聞こえてたからな。どうでも良いの『どう』の部分が、本音が漏れ出てるからな。


「うん。言いそうになった。」

「正直でよろしい。で、伊江は質を優先する奴が来ると思うか?」

「俺が質派の人間だし、それで良いや。」

「それなら私は量派だ。」

「とは言っても、放課後のこの時間に教室に来る奴なんてあんまりいないと思うけどな。」

「竹塚辺りが………、いや今日は用事があるって言ってたし、あいつ普段からあんまり忘れ物とかしないから来ないか。」

「丹野は部活だし、親方は先に帰ったけど竹塚と同じく忘れ物はしない方だからな。」


そう考えると誰も来ないまま終わりそうな気がしないでもない。

まぁ思い付きで提案した遊びだし、明日になれば忘れてるであろう程度には些細な事だから別に良いけど。


「どうせなら罰ゲームをやろう。負けた方は今日1日語尾に『ヤンス』をつけて喋る。」

「くだら………くだらないな。」

「止まれよ。一瞬言うのを止めようとしたなら言わなくても良いだろ。」


仮に思ったとしても、半分くらい言ってしまったとしても、一瞬止まって言わない選択肢が存在して尚、言うのかよ。


「実際くだらないって思ったし。まぁ安達は三下力高そうだし、似合うかも知れないけどな。三馬鹿の一角だし。」

「なんだよ、三下力って。そして三馬鹿言うな。関係ないだろ。そう言う伊江こそ…………、いやお前は三下ってよりモブだな。モブキャラ。背景とかにいる感じの。」

「普通って事だな。良い事だ。」

「質を重視してるならメインキャラクターくらいの輝きを見せろよ。」

「何言ってんだ馬鹿、物語ってのはモブキャラがいるからこそメインキャラクターが輝くんだからな。そう言った見方をすれば物語の質を高めてるって考えられるんだよな。」

「むしろモブキャラと聞いて連想するのは質じゃなくて量だろ。」


何にでも『力』を付ければそれっぽくなると思うなよ。

と言うか、三下としての能力だか適性だかが高くても嬉しくないだろ。

そんな会話をしていると予想に反して教室に訪れた人物がガラリと扉が開く。

そこにいたのは、


「沙耶か。」

「ちょうど良いな。」

「敦に伊江、どうしたのよ?」

「なぁ、沙耶は質と量だったらどっちを優先する?」

「はぁ?」


我が幼馴染の沙耶だった。

質か、量か、問いかけると『何を言っているんだ』と言いたげな表情で返される。


「何言ってんの?」

「いや、伊江と質と量のどっちを優先するか話しててさ。」

「なるほどね。時と場合に寄るんじゃない?」

「確かに具体的な対象が無いとイメージしづらいか。それなら食べ物で考えて見な。」


沙耶は当たり前と言えば当たり前な答えを返す。

それに対して伊江は状況を限定するが、その対象は悪手ではないか?伊江。

沙耶は美食家ではなく食いしん坊、そう考えれば量を優先するだろう。

私は伊江に勝者の余裕を込めた笑みを向けるが、伊江も余裕そうな表情をしている。

その表情が崩れるまであと僅かだな。




「両方。」

「「え?」」

「だから、両方。」

「あのな、沙耶。どっちか片方を選んでほしいんだよ。」

「そうそう。二者択一ってやつだな。」

「美味しい物をたくさん食べたいって思うのは当たり前でしょ?だから両方。なんて言われようと譲る気は無いわよ。」


あ、これは沙耶が絶対に折れないパターンだ。

長い付き合いだから分かるが、こいつ食べる事に関しては妥協が一切ない。

伊江、この条件付けはやっぱり悪手だったようだぞ………。


「………伊江、帰るでヤンスよ。」

「………そうでヤンスな。」


質か、量か。

この賭けに勝者はいなかったようだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る