ポケットを叩くと

「安達?ビスケットの箱なんかジッと見てどうした?」

「『ポケットの中にはビスケットが1つ。ポケットを叩くとビスケットが2つ。』って歌詞あるじゃん。」

「そうだな。」

「財布を叩いたら中身が増えたりしないかなって。」

「何言ってんだ、お前。」


さっきの昼休みに購買部でで買ったビスケットの箱を見て考え事をしていると伊江に声を掛けられる。

考え事の内容を伊江に教えてやると呆れられた。

聞いてきたのはお前だろう。


「でもロマンがあると思わないか?叩くだけで中身が増えるって。」

「現実性は皆無だけどな。」

「今は現実性の話はしていない!」


揚げ足を取るな。大切なのはロマンなんだよ。


「現実性云々を考えないとしても都合が良過ぎて逆に怪しいと思うけどな。」

「確かに。」


怖くて使えないかも知れない。そんなお金。

でも、


「実際に叩くことで倍に増える食べ物があったら世界の食糧問題を解決出来そう。」

「食べ物に限定しなければ資源の問題も解決出来るだろうな。」

「ノーベル賞狙えるかも。」

「いけるいける。ノーベル平和賞とか受賞できる。もし本当に可能であればの話だけどな。」


上げて落とすな。

いや確かに実現可能かって言われたら何も言えないけど。


「今は不可能でも、将来的には可能になるかも知れないだろ。」

「叩いただけで物質が増殖するとかあり得ないな。」

「人間の、未来の可能性は無限大なんだよ。あり得ないなんてあり得ないって誰かが言ってた。」

「誰かが言ってたの部分で可能性云々の信頼感とか言葉の重みが消えたな。」


伊江が現実的な事を言って来るので反論したが、言葉選びに失敗した。

だって実際に自分で言ったセリフじゃないし。

それにほら、他人が言ったことを自分が言ったかのように発言するのって良くないじゃん。

まぁ現実で実現が難しそうなら現実じゃなければ良いのではと思うんだよ。


「もし仮に異世界転生するならポケットに入れた物を叩くと増える能力が欲しい。『ポケットの錬金術師』って二つ名付けて欲しい。」

「限定的過ぎる。しかもポケットに入るサイズじゃなきゃダメじゃねぇか。更に言うと二つ名がダサい。」


うん。確かに。

ポケットってそんなに物は入らないし、二つ名の指摘も理解出来る。

これに関しては現実的云々関係なく納得せざるを得ない。


「二つ名に関しては自分でも言ってる途中でも少し思った。でも高価な宝石的な物とか増やしまくって売りさばけば大儲け出来そうじゃん。」

「それ異世界関係ないだろ。てか需要と供給のバランスが崩れてお終いだろ。そもそも需要と供給って知ってるか?」

「し、知ってるに決まってるだろ。当たり前じゃん。ジュヨーとキョーキューくらい。アレだろ、アレ。なんか良い感じのやつ。ジュヨーにキョーキューかけて食べると美味しいんだろ?」

「お前そのリアクションは絶対知らねぇやつのそれだろ。そもそも食べ物じゃねぇし。てか社会の授業でも取り扱ってる内容だからな。」


能力があれば異世界ではなく現実でも出来ると言う鋭い指摘をされるが、それに加えて謎の呪文を唱えられる。

いや、聞き覚えはあるんだよ。意味を覚えていないだけなんだよ。

でも中国とかにありそうじゃん。ジュヨーって調味料。トウバンジャンとかウェイパーとかあるんだし。

キョーキューって名前の食材、もしくは料理ありそうじゃん。


「安達でも分かるレベルでザックリ言えば需要ってのは誰かが何かを欲しいって思う気持ちで供給は誰かが欲しがってる物とかを世の中に出す事だよ。」

「なるほど!これでまた1つ賢くなったぞ!」

「お前の事だから明日には忘れてそうだけどな。」

「そんな事……………………ない!」

「結構な間があったな。」


未来の可能性は無限大。つまり明日の事は明日にならないと分からないと思うんだよ。

だから決して私の記憶力と覚える気に問題がある訳では…………たぶんない。


「そうだ!閃いた!」

「この時点で既に嫌な予感がするな。」


伊江が何か言っているが、気にしないで素晴らしいアイデアを教えてやろう。

これは画期的なアイデアだぞ。


「自分を叩いて2人に増やせれば、もう1人の私に勉強とかの面倒臭い事を任せられるんじゃないだろうか!?」


私は課題や勉強は面倒臭いからやりたくないけど、もう1人私を増やせば問題は解決するじゃないか!

もう1人の私に勉強してもらい、課題やテストをやってもらえば、その間に私は別の事が出来る。

流石私。自分の発想力が怖いくらいだ。

来れには伊江も私の天才性を認めざるを得ないだろう。




「たぶんもう1人の安達も同じ事を考えてやらせて来ようとすると思うぞ。てか安達が2人もいるとか、どんな悪夢だよ。」

「だったら1回叩いて3人に増やすんだ。」

「例え増やしてもベースが安達だからどれだけ増やしても同じことを考えると思うぞ。てかその光景は絶望しかないな。」


親しい友達が増える喜ばしい状況なのに悪夢とか絶望とか………、いや同じ顔して同じような事を考える奴が何人もいたら確かに怖いな。

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