冬眠
ある日、竹塚の家で。
「安達、そろそろあの時期がやって来ましたね。」
「あの時期?」
冬休みだろうか。
それとも大晦日と正月か?
年末と言えば、思い浮かぶのはそれくらいだ。
しかし竹塚の口からは私の想像もしなった答えが返ってきた。
「はい。冬眠の時期ですね。」
「は?」
「冬眠の時期ですね。」
聞こえなかったんじゃない。
聞こえなかった方が良かったかも知れないが、聞きたくなかったが、聞こえてしまったが。
流石に予想を超えすぎていて意味が分からないぞ。
「冬眠って、熊じゃあるまいし。でもまぁ、暖かい部屋と布団の中でぬくぬくと眠っていたい季節ではあるよな。」
外は寒いからこそ、家の中で暖かく過ごしたい。
そう思うのは当然のことだ。
しかし冬眠するかと言われたら、しないと答えるだろう。
しかし、
「そうですね。なので冬眠する前に、安達も言っていたように冬休みの課題を終わらせちゃいましょうか。」
え?
課題?
「私、そんなこと言ったっけ?」
冬眠もそうだが、それ以上に私から今のうちに課題をやろうなんて言った覚えはないぞ。
『課題はそのうちやろう』とか『頑張れ、未来の私』とかなら言いそうだけど、自分から課題をやろうなんて言うとは、冬眠する前から寝ぼけていたのだろうか。
いや、寝ぼけていたにしたってそんな事は言わないだろう。
しかし竹塚は確信を持った表情で返事をする。
「はい。」
「うーん、マジで記憶に無いけど、竹塚がそう言うなら言ったかも知れない………。」
「間違いなく言っていましたよ。僕の想像の中で。」
「想像の中でかよ!」
それなら記憶に無いはずだ。
というかあるはずがない。
「なんで私本人は言ってないのに、想像の中の私がした発言を現実扱いしようとしているんだよ。」
「現実の安達はそんな殊勝な事を言いませんが、とりあえずそう言っておけば安達も課題に取り組む気になるかなって。」
「真実を知って逆にやる気を失くしそうなんだけど。」
というか騙そうとしたことを堂々と教えられてもやる気が出るわけがないだろう。
『やったー!自分は騙されたぞ!頑張ろう!』なんて思うやつがいたら会ってみたいくらいだよ。
「それは残念です。毎年、冬休みが終わる間際になってもやる気を出さずに課題を手伝ってと押しかけてきて、いやいや課題を進める安達らしいですね。」
「いや、ほら、あれだよ。やっぱり冬休みって短すぎると思うんだ。私ってスロースターター?的な奴だからさ。エンジンが掛かりきる前に冬休みが終わっちゃうんだよ。」
「夏休みの課題も似たような感じですよね。」
「夏は暑すぎてエンジンがオーバーヒートしちゃって……。」
完璧な言い訳だ。
これなら竹塚も納得せざるを得ないだろう。
自分の才能が恐ろしいくらいだ。
「西丘にある温水プールの飛び降り台から突き落としたらエンジンが掛かりますかね。」
「ごめんなさい。」
あんな高いところから突き落とされたら死んでしまう。
いやプールの飛び降り台だから死にはしないだろうけど、精神的に死んでしまう。
なんて恐ろしいアイデアを考える奴だ。
「悪いとは思ってるんだよ、思ってるんだけど、それでもやる気が出ないんだ……。」
「いっそのこと部屋に閉じ込めてあげましょうか?」
「缶詰ってやつか?嫌だぞ?」
「安心して下さい。冬眠みたいなものですよ。最初に食べ物を部屋の中に入れておいてあげますが、それ以降は食料の補充はないです。」
「いや死ぬだろ。」
「熊も食べ貯めて冬眠するので、安達も大丈夫じゃないですかね。たぶん。」
「私は熊じゃない!しかも『たぶん』ってなんだよ、『たぶん』って!」
「早めに冬眠から目覚めたかったら頑張って課題を終わらせて下さいね。」
「課題の前に私の人生が終わりそうって言ってるんだよ。」
冬眠ってもっとぬくぬくとした感じじゃないのかよ。
食べ物とか貯めこんでまったり過ごすんじゃないのかよ。
しかし竹塚は私に課題をさせたいようだが、唯一にして致命的な問題がある。
それは………
「そもそも今日は遊びに来たから課題なんて持ってきてないんだよ!残念だったな!」
「それはつまり課題さえあればやっていた、ということですか?」
「そうそう。あー課題がないからできないなー。仕方がないなー。」
「そうですか。伊江、入屋、入って来て下さい。」
「は?」
竹塚が扉の向こう側へと声をかけると、
「ようやくやる気を出したんだな。」
「それじゃ、ちゃちゃっと終わらせちゃいましょ。」
「は?」
何故か私の分の課題を持った伊江と沙耶が入ってきた。
何故それを持っている。
それは私の家にあったはずなのに……!
「安達の家に回収に行ってもらっていたんですよ。」
「お母さんにはちゃんと話しているから安心しなさい。」
「年貢の納め時だな。」
そんなところで変な連係プレーを見せなくていいんだよ。
なんでこんなことになったのか。
どうせならぬくぬくと冬眠する方が現実になればよかったのに。
無慈悲にも私の目の前に置かれた課題を視界に収めながら、そう思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます