味覚

君子危うきに近寄らず。

現代文の授業で聞いたことわざだ。

なんでも教養のある、私の様に教養のある人物は慎重だから危ない事はしない、近づかない事を表しているそうだ。

やっぱり安全第一で行動するのが大事って事だな。


「やぁ、安達君。耳寄りな情報に興味はあるかい?」

「青井が耳寄りな情報って言うと嫌な予感しかしないんだけど。」

「そんな事は無いよ。今回も安全安心、悪い事なんて何にもないに決まってるじゃないか。」


安全第一で行動するって大事な、とても大事な事だな。

今回もって言うけれど、大体碌なことにならないんだよ。

青井の言う耳寄り情報ってのは。

どうせまた変な薬とか実験の産物の被検体にでもしようって考えだろう。

しかし日々成長し、君子危うきに近寄らずと言う新しいことわざを知った私は慎重に判断する。


「例えば、ここに君の好きな食べ物があったとしよう。」

「うん。」

「食べれば無くなってしまう。」

「当たり前の事だろ。」

「食べ物は有限だし、仮に食べきれない程の量を用意したとして、次は胃袋に限界がある。結局のところ、食べ物を食べている間しか味わうと言う満足感は得られないのだ。」

「そうだな。」

「では何も口に含んでいないのにずっと味わいだけが口の中に存在できるとしたら?」

「少し怖いけど、食べたいと思った物が食べられない時とかには代わりにはなりそうだと思うぞ。」


思ったよりは数段マシな話だった。

まぁダイエット的な観点の薬とか実験の話でも持ってきたのか?

そう言う話は女子に振った方が良いと思うんだけど。

それともお腹が空いた時に使えば気が紛れそうだし、ある意味食べ盛りな男子向けでもあるのか?


「でもそれが私にとって耳寄りかって言われると、そこまで耳寄りではないぞ。」

「それはどうかな?」

「何?」

「君は事ある毎に入屋さんを怒らせているみたいだけど、そこでこの味覚刺激薬(仮)を渡せば、どうなると思う?」


はっ!つまり賄賂に使えって事か!


「でもあの食べ盛りが味だけで満足してくれるかは怪しいぞ。」

「誰が食べ盛りで大食いですって?」

「そりゃ沙耶に決まって………ん?」


誰がと聞かれたから我が幼馴染の名前を出したが、あれ?今声を掛けて来た人物って、まさに沙耶本人では?

振り向くとそこには笑顔を浮かべる幼馴染の姿が。

君子危うきに近寄らず。

この危機からすぐにでも離れるべきだろう。

そう思い、立ち去ろうとするが足が動かない。

恐怖のせいか?いや、物理的にがっつり肩を掴まれている。凄まじいパワーで。

逃げられないのでは?


「痛たたたたたた、待ってくれ沙耶、肩から手を離してくれないか?森の賢者の握力で肩を、痛だだだだだだ!ごめんなさい!」

「相変わらず失礼なやつね。一度本格的にデリカシーとかを叩き込んどいた方が良いかしら。物理的に。」

「マズい、このままでは命が危うい。そうだ青井!今こそ例のブツを!」


青井が賄賂の為に持ってきた怪しい薬を沙耶に渡せば!

………いや冷静に考えてみると怪しい薬とか賄賂にならないのでは?

しかしこの場を切り抜けるには頼らざるを得ない。


「何?青井ってば、また変な物でも作ったの?」

「変な物とは酷い言われようだね。入屋さんも私の話を聞けば興味が出ると思うよ?これはね………」


沙耶は疑わしいと言わんばかりの視線で青井を見やり、青井はそんな沙耶に薬の説明をする。

うん、私も青井の話を聞けば普通に怪しいと思うだろう。

むしろ青井の作った物の中でまともだったものって少数派だぞ。


「ふぅん、なるほどね。」

「どうかな?試してみる気になったかい?」

「やっぱり怪しいわね。」


青井の話を聞き終わった沙耶は結局怪しいと断じ………


「でも、まぁ、安全な物なら試してあげても良いわよ?」

「もちろん安全だとも!安達君の魂を賭けても良いよ。」

「そ。それなら何か甘い味を楽しみたい気分ね。」

「ナチュラルに話を進めてるけど、勝手に私の魂を賭けたのを聞き逃さなかったからな。」


なかった。『そんなに興味がある訳じゃないけど』って感じで言ってるけど興味津々なのが伝わってくるぞ。そんなに味わうことが好きか。

そして本人の許可なく魂を賭けるんじゃないよ。

しかも別に私の魂を賭けたところで安全性の保障にはならないだろう。

あと沙耶も普通に受け入れるんじゃない。

打倒すべき巨悪は目の前にいるぞ。


「あまり料理や食材を限定した味は開発できていないが、この薬を飲むことで味覚が刺激されていると脳を誤認させるんだ。さぁ、これが甘みを感じられる薬だよ。」

「いただくわね。…………特に甘くないんだけど。」

「薬自体は甘くはないさ。それに飲んですぐに効果が出るほどの即効性はないよ。そうだね、後5~10分くらいしたら効果が出ると思うよ。ちなみに効果時間は約1時間だよ。」


そして青井の言った時間が経過し、


「なんだか甘い味が口に広がっている感じがするわね。具体的に何の味かは分からないけど。」

「よし、きちんと効果が出たみたいだね。」

「ただずっと甘みを感じていると胸やけがしそうね。紅茶でも飲もうかしら。」

「あ、言い忘れてたけど薬の効果時間内は何を食べても飲んでも脳が味覚を誤認してるから甘く感じると思うよ。」

「それを先に言いなさいよ!もう少し効果時間短くならないの?」

「要改善ってとこだね。」


薬が効果を発揮し始めたのは良いけれど欠点もあったようだ。

青井の薬だからそんな事だろうと思ったけど。

でもこれでさっきの制裁の話は有耶無耶に………


「敦、今回はとりあえず見逃してあげるけど、発言には気を付けなさい?」

「はい!」


有耶無耶にはなっていなかった。

とりあえず許されたが、イエローカードと言ったところか。

ん?青井に肩を叩かれる。


「どうした?」

「私の作った薬で難を逃れたようだね。」

「一応は、な。ありがとう。」

「どういたしまして。ところで無償で譲るなんて言ってないよ?」

「え?金取るの?」

「いや、お金とかは良いから試してみたい薬がもう一つあって………」

「あー、急用を思い出したー。」


青井はどこからともなく怪しい色合いをした薬を取り出した。

これ以上付き合ってられるか!私は逃げるぞ!




「あたしに変な薬を飲ませたくせに自分は逃げるって言うの?」

「割と自主的に飲んでたと思うんだけど!?」


しかし回り込まれてしまった!

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