教頭先生へ

「これなんてどうでしょうか?」

「あぁ、良いんじゃないかな?親しみやすさが滲み出ていて、私は結構好きだよ。」


放課後、珍しく竹塚が長谷道のクラスの教室で何かを話し合っている。

一緒に帰ろうかと思ったが、何を話しているのか気になり、声を掛けるのであった。


「竹塚と長谷道じゃん。何の話をしてるんだ?」

「あ、安達。」

「やぁ、安達くん。実は今度、教頭先生が誕生日を迎えるらしくてね。」

「それで誕生日プレゼントを送ろうって長谷道に話を持ち掛けられまして。」


なるほど、教頭先生へのプレゼントか。

長谷道にしては善意で行動していると言うか、まともな事をしている。

しかし、それ以上に驚いた事がある。


「よく教頭先生の誕生日なんて知ってたな。」

「これでも結構仲が良い方なんだよ。」

「確かにどこにでも出没するからな、お前。で、何を送るんだ?」

「安達もこれを見て下さい。」

「ん?どれだ?」


長谷道の日常を考えると、どこにでも出没し、誰とでもコミュニケーションを取っているし、その姿を思い浮かべれば納得も出来る。

常識の通用しない長谷道について深く考える事はせず、何を送るつもりなのか尋ねると、竹塚がスマホで開いた画像を見せて来る。

その画面に映っていたのは…………


「………いやカツラじゃん!」

「はい。」

「大丈夫なのか?絶対怒られると思うんだけど。」

「その心配は無いよ。」


カツラだった。

アフロのカツラだった。

誕生日に他人に送るような代物じゃないだろ。

センスどころか常識を疑ったが、そもそも常識を持ち合わせていない奴だった。

長谷道は自信満々に心配ないと言い切るが、心配しか無いんだよ。


「どうしてだ?」

「以前、教頭先生から聞いたんだ。カツラの着け心地の話を。」

「マジで?」

「マジだよ。」


教頭先生がカツラの話を誰かにするなんて思えないんだけど。

しかもそんなレビューみたいな話を長谷道にするなんて光景、想像すら出来ない。


「と言うか、安達くんも他人事ではないと思うんだけど。」

「は?」

「教頭先生から聞いたんだけど、安達くんもカツラを着用して登校していた、と。その時教頭先生は若くして同じ悩みを抱える同志の存在に気付き、それ以降は気に掛けていたらしいよ。」

「待って。待ってくれ。何か勘違いしているぞ。」

「隠さなくても良いんだよ。私は言いふらすつもりなんてあんまりないから。」

「隠してないから!と言うか、あんまりって事は少しは言いふらすつもりって事だろ!」


そもそもカツラなんて着けて登校した覚えはない!

たぶん教頭先生にカツラ疑惑を持たれたのは仮面を付けて登校した時だ。

それで昔の音楽家はカツラを被る事がオシャレだったから、教頭先生のカツラが許されるなら私の仮面も許されるって言い訳をしたはずだ。

それが何故か教頭先生に勘違いされてしまったのだ。


「竹塚も何か言ってやってくれ!」

「長谷道。安達のストレスをこれ以上増やさないであげて下さい。それが優しさです。」

「そうか………。それもそうだね。ごめん、安達くん。」

「何かとは言ったけど、そう言う事じゃ無い!勘違いを加速させる方を期待していたんじゃないんだよ!弁護する方を期待していたんだよ!」


そのセリフだけを聞けば優しさを感じさせるだろうけど、話の流れ的にどう足掻いても頭髪のイメージに繋がるんだよ。

長谷道も長谷道で急に申し訳なさそうな表情になるな。

絶対本心じゃないだろう。絶対演技だろう。


「まぁ安達が将来ハゲるかどうかは別にどうでもいいので置いておくとして。」

「どうでもいいと言われると少しイラっと来るぞ。そこを熱心に議論されても困るけどさ…………。」

「そうだね。安達くんの頭髪の話は置いておくとして、どのカツラが良さそうかな?」

「カツラを送るのは決定事項なんだな………。」


うん。もう止めるのは諦めよう。

そもそもそれで怒られるのはこいつらなんだし。

教頭先生とそこまで仲が良い訳でも無いし。


「やっぱりさっき見せたアフロじゃないですか?」

「いや、ドレッドヘアーのやつも良いと思うんだ。安達くんはどっちが良いと思う?」

「どっちもどっちだろ。なんでその2択なんだよ。誕生日プレゼントでカツラを送るのはもう止めるのを諦めたけど、せめて普通のカツラを送ってあげろよ。たぶん教頭先生困ると思うぞ。」


そんなカツラ貰ったとして、いつ着けるんだよ。

パーティーの余興か?誕生日会か?


「普通のカツラ、か。でも安達くん、教頭先生を親しみやすいと思った事はあるかい?」

「急にどうした?まぁ親しみやすいって思った事は無いけど。」


普通にどこにでもいる教頭先生って感じで、全校集会とかでも普通の話しかしないし、別段親しみやすさを感じた事は無い。

勘違いが原因で向こうからは私に対して親しみを感じられてはいるが。


「そうだろう?でもね、敢えて不真面目なカツラを被る事で、親しみやすさを演出できるんじゃないかと思ったんだ。普段真面目な教頭先生が、不真面目なカツラを被る。それだけで生徒たちは教頭先生を見る目が変わると思わないかい?」

「ある意味、間違いなく変わるだろうな。」

「サプライズで送ろうって校長先生にも相談しましたし、これを送った後の全校集会が楽しみですね。」

「…………。」


既に校長先生にも根回しをしていたようだ。

うん、これは教頭先生の無事を祈るしか出来ないな。

こいつらの話を軌道修正しようとするならまだしも、流石に校長先生相手にツッコミは入れられない。

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