時計をふと見た瞬間に

「時計をふと見た瞬間に嬉しくなる出来事。」

「なんか始まったな。」

「そろそろ安達がおかしくなる時間ですか。」

「おかしいのはいつもだよな。」

「時計をふと見た瞬間に嬉しくなる出来事!」


話題を振った瞬間にディスられても嬉しくはならないぞ。

まったく、この友人たちは私の事を何だと思っているんだ。

私はいつだって常識的かつ良識的だぞ。


「どうせ授業があと5分くらいで終わるとかだろ?」

「確かにそれも嬉しい。仮眠をとって目覚めた瞬間が5分前とかだと得した気分になるし。」

「授業をしっかり受けていないと考えると損しかしてないんですよね。」


それは、ほら、体力回復も大事だし。

やはり疲労困憊の状態で勉学に励むよりも万全の状態で挑んだ方が良いだろう。


「どうせ体力が無い状態よりも回復した状態で授業を受けた方が身になるとか考えてるんだろうな。」

「残り時間5分間で何が得られるんでしょうね。」

「なんで分かった?さては伊江、エスパーだったのか!?」

「バレちゃ仕方がない。その通りさ。ってボケを昔したような気がするんだよな。」

「悪い、覚えてないわ。」

「バレちゃ仕方がない。その通りさ。」

「仕切り直した。」


忘れられてたからって仕切り直して何事もなかったかのように再使用するな。

私の事だから忘れていても同じような返ししか出来ないと思うぞ。

いや、待てよ?これは伊江からの挑戦状では?

良いだろう。その挑戦、受けて立つ!


「今度の期末テストの問題を教えて下さい!」

「この前と九割九分同じことを言ってるな。」

「マジか。」

「この前は期末テストじゃなくて中間テストの問題って言ってたな。」

「安達は進歩してないですね。」


くっ、まさか私ともあろうものが同じボケに同じような返しをしてしまうだなんて。

いや、でも考えようによっては安定感があるとも言えるはず。

ならば負けではないのでは?


「伊江、安定して同じ味を楽しめるのは良い事だと思わないか?そういった意味では私は安定しているんだ。」

「同じ味を食べ続けても飽きるけどな。」


良い感じの流れに持って行こうとしたけど否定された。

もう少し友人の話を肯定しても良いと思うんだけど。


「って、違う。そうじゃないんだよ、私が言いたかった事は。」

「そもそも何の話をしてましたっけ。」

「そっからかよ。だから時計をふと見た瞬間に嬉しくなる出来事だよ。」

「昼休みになる直前ですか?」

「それも嬉しいけど、今回言いたかった事ではない。」


こいつらの目は節穴だろうか。

何故あの答えが一番最初に出てこないんだ。




「時間がぞろ目だった時だ。11時11分とか。」

「くだら………そうか。」

「伊江、一瞬くだらねぇ………って言いそうになっただろ。」


バッチリ聞こえてたからな。

しかも呆れた表情は一切隠そうとはしてないし。

言葉を選ぶくらいなら表情ももう少しどうにかしろよ。


「うん。くだらねぇなって思った。」

「しかも否定しないし。いや話の内容は否定してるんだけど。」

「たぶんこの話それで終わる奴だろ。」

「私を甘く見てもらっては困るぞ。この話を広げる天才を。」

「言い訳とこじつけの天才の間違いじゃないか?」


物は言いようだから。

それに私がしているのは言い訳でもこじつけでもない。

弁明と自己弁護と自分の解釈を皆に教えているだけだ。


「竹塚、時計をふと見た瞬間にぞろ目だったら嬉しいよな?」

「そうですね。でもそういうのって印象に残りやすいだけだと思いますけど。」

「でも特別感あるじゃん。なんかご褒美的なの欲しくないか?」

「いや、そんな物どっから貰うんだよ………。」

「欲しいですね。貰えるなら。」


ほら、竹塚だって私の話に肯定的だ。

だから、と伊江の方を向いて、


「そんな訳で伊江、なんか無いか?」

「なんかってなんだよ。ねぇよ。そんな物。」

「伊江。」

「なんだよ竹塚。」


私が伊江に何かしらのご褒美的な物を要求していると竹塚が伊江に呼びかけ、肩に手を置く。


「僕は伊江がなんだかんだで優しい男だって信じてますからね。」

「お前もか。暗に要求すんな。あとそれは優しいんじゃなくて都合が良いって言うんだよな。」

「ほら、竹塚も期待に満ちた眼差しをしているぞ。」

「安達はその眼差しが期待しているように見えるのなら眼科に行くことを勧めるな。こいつのこの瞳は欲望と妄信が宿ってるんだよな。」


伊江は徹底的に拒否する。心が狭い男め。

まぁ私も似たような感じでたかられたら拒否するけど。


「仕方が無いな。」

「お?遂に観念したか?」

「ワクワク。」

「だが俺が渡す訳じゃないが、それでも良いか?」

「貰えるなら全然それで大丈夫だ!」

「…………。」


いきなり諦めたから若干の怪しさを感じるが、果たして伊江は何をくれるんだろうか。

竹塚もワクワクしている。と言うか口で言っている。




「という訳で親方。この馬鹿にお叱りの言葉を頼んだ。」

「え?」

「おっと竹塚、こっそり逃げ出そうとしたって無駄だぜぇ。」

「ぐえぇ………。」


振り向くとそこには親方が仁王立ちしていた。

途中から竹塚が静かだったが、逃げ出そうとして親方に首根っこを掴まれたようだ。

私を置いて逃げようとするからそうなるんだぞ。反省しろ。


「安達、竹塚を冷ややかに見ているが、おめぇも叱られる側だぞぉ。」

「いや親方違うんだ。誤解なんだ。話の真相を知ればその誤解も解けるだろう。」

「さっきからずっと後ろで聞いてたぞぉ。あんまり伊江に迷惑かけてやるんじゃねぇ。そもそもおめぇらは普段から…………。」


くっ、何故後ろに親方が居る事に気付かなかったのだ。

次からは気を付けなくては。反省反省。

そんな事を痛感しながら親方の説教を聞くのであった。

でも顔の圧が強いから早めに終わってほしい。

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