チャイム

「ところで安達くん、知っているかい?」

「何をだよ。」

「学校のチャイムは知っているよね?」

「いくら何でも馬鹿にし過ぎだぞ。当たり前だろ。」


長谷道にいきなり失礼な質問をされた。

学校に通っている人間で聞いたことが無い人間なんていないんじゃないかと思うほどに有名な音を知らない訳が無いだろう。


「あぁ、失敬失敬。もしかしたら知らない、聞いたことが無いと言い出すんじゃないかと思ったから。」

「ほんとに失礼だな。」

「しかし聞いたことがあるなら話が早い。」


なんで聞いたことが無い可能性を考慮しているんだよ。

そんな可能性考えなくて良いから。


「あの音は実はイギリスのビックベンで奏でられているメロディーなんだ。」

「………ビックベンってなんだ?ビックバンの親戚か?」

「そっちは知らなかったんだね。ビックベンは時計塔だよ。」

「へぇ。でもどうして今その話を?」


ビックベン。

聞いたことがあるような、無いような響きだ。

長谷道は時計塔って言ってるけど、やっぱり響き的に名前の由来はビックバンだと思うんだ。

なんでビックバンを時計塔の名前の由来にしようとしたかは知らないけど。


「前に竹塚くんから安達くんが英国紳士を目指していると聞き及んだ事があってね。」

「………そんな事言ってたっけ?」


割と色々な事を言っているから、記憶が曖昧だ。

まぁ大体は忘れてしまうような些細な事だし、きっと英国紳士の話も似たような物だろう。


「言ってたからこうして話しているんだが、昔のUSB、いやフロッピーディスクと呼ばれる記録媒体よりも容量の少ない安達くんの脳みそでは覚えていられなかったか。」

「フロッピーディスク?がどんな物かは知らないけど、どんだけ私の事を馬鹿にしてるんだよ。」

「かなり。」

「シンプルに酷い。」

「英国紳士云々はいつもの戯言だろうから置いておくけど、授業内容をほとんど覚えていないのは馬鹿にされても仕方が無いと思うよ。」


それは、ほら、英国紳士に授業内容は関係ないし。

授業内容だけを覚えている事がイコールで賢いとは限らないと思うんだ。

だから授業内容を覚えていない事がイコールで馬鹿だとも限らないと思うんだ。


「それに課題やテスト対策の勉強で多々協力を他人に頼むその姿はまかり間違っても賢い人間には見えないからね。」

「友達や仲間との絆を大切にする人間って素敵じゃん?アニメやマンガみたいな物語だって、そう言う絆の大切さを描いてるものが多いじゃん?」

「安達くん、良い事を教えてあげよう。協力と依存は違うんだよ。」


良い事でも何でもないじゃん。

ただの正論じゃん。

しかしいつから私が依存していると勘違いしていた?


「依存とかしてないから。私と皆は協力し合ってるから。」

「具体的には?」

「私は課題を手伝ってもらい、皆は私に楽しい話題を提供してもらっている。あと竹塚はソシャゲのガチャを代わりに回しているぞ。」

「それは果たして本当に協力関係と言えるのかな?」

「私の引きの強さは中々の物だぞ。竹塚の代わりにガチャを回せば、大抵は竹塚が満足する結果で終わる程度には。」


これぞ友情。

これぞ協力。

お互いの利益に基づいていない事も無いけれど、これも立派は絆と友情による協力関係と言えるだろう。

しかしこれ以上この話を続けられるとまた変にツッコミを入れられかねない。

ここは話題を変えるとしよう。


「それはともかく、紳士からは程遠い長谷道が英国紳士なんて言葉を出すのは似合わないぞ。」

「おや?どこがだい?私ほど紳士的な人間はそういないと思うよ?」

「人間性。」

「ざっくりとした物言いだね。具体的には?」


自分の行いを振り返ってみろ、自称紳士。


「さっきの対戦ゲームでメチャクチャにハメて来たじゃん。戦い方が正々堂々とは程遠くて厭らしいぞ。」

「これも戦略という物だよ。…………それに嫌がらせって、とっても楽しいじゃないか。」

「ここ最近の中で一番良い笑顔をしながら近年稀に聞くレベルのクズ発言をするな。」


もう明らかにダメ人間の雰囲気が溢れ出てるんだよ

この発言しておいて紳士を自称するとか、ある意味凄いぞ。


「正直って事は美徳だと思わないかな?紳士たる者、正直さも兼ね備えていないとね。」

「発言の内容が全然紳士的じゃないんだよ。あと日頃の行いも自分に正直過ぎて紳士さを感じられない。」


紳士から程遠いのに、どうしてこうも自信満々に紳士を自称できるのだろうか。

正直さも必要だろうけど、慎ましさも紳士の条件だと思うぞ。


「しかしだよ?小学校の頃から毎日学校のチャイムを聞いている訳なんだし、私達は立派な英国紳士と言う事も出来るんじゃないかな?」

「いや、そんな事ある訳が…………そう、なのか?」

「そうだとも。良かったじゃないか、夢が叶って。」

「そうか、私達は自分たちでも気付かない間に英国紳士になっていたのか。」

「そうだとも。日本全国津々浦々、どこもかしこも英国紳士と英国淑女だらけさ。」

「人が飲み物を取りに行ってる間に何の話をしているんですか。」

「お、竹塚。」

「遅かったね。」


長谷道が謎理論を展開し、思わずそれに納得しかけていると家主である竹塚が部屋に戻ってくる。

先程3人でゲームをしていたが、休憩して飲み物を取りに行っていたのだ。


「まぁまぁ、飲み物でも飲んでさっきの話を教えて下さいよ。」

「あぁ、それは…………うっ!?竹塚、お前、飲み物に何か仕込んだな!?」

「竹塚スペシャルブレンド・Ver1.3です。部屋が汚れるので噴出さないで下さいね。」

「お前が原因だろ!」

「嫌な予感がしたから安達くんが飲むのを待っててよかったよ。」

「こいつら…………!」


飲み物を口に含んだ瞬間、苦みを通り越して苦しみと苦痛の味がした。

なんて物を飲ませてくれてるんだ。

毎日チャイムを聞いていたとしても、日本に多くの紳士たちがいたとしても、こいつらは間違いなく紳士じゃない。

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