紙芝居
「やぁ、安達くん。今、暇かい?ちょっといいかな?」
「嫌な予感がするから暇じゃないぞ。」
「やぁ、安達くん。今、暇だよね?ちょっといいかな?」
「暇であることを強制するな。」
確認されてたはずなのに確定されていたとか意味が分からない。
「実は紙芝居を作ってみたから、見てもらえないかな?」
「聞けよ。しかも勝手に話し始めたし。で?紙芝居?なんで私?」
「良いリアクションをしてくれそうだからね。」
「もう何でもいいや。始めても良いぞ。」
「投げやりだなぁ。まぁいいや、では『森のクマさん』。」
いやそれ紙芝居にしなくても良いのでは?
確か童謡だろ。
語るんじゃなくて歌えば良いじゃん。
まぁ取り敢えず聞くだけ聞いてやろう。
「いやちょっと待て。」
「どうしたんだい?」
「え?タイトル『森のクマさん』って言ったよな?」
「そうだよ?」
「それ、何の絵だ?クマさん?」
長谷道の取り出した紙芝居には謎の生命体が描かれていた。
少なくともタイトルを聞かずに見せられたら何を描いていたか分からない程度には謎の生命体だ。
クマさんと思しき生命体はやたらと爪だけが長く、鋭く、身体全体がヒョロい。
森のつもりで描いたであろう木々はマッチ棒みたいだ。
「正直、下手だな。」
「ふむ、絵を描いたつもりが恥をかいてしまったね。」
「絵に対して口だけは達者なんだな。」
「安達くん?私だって傷付くんだよ?」
「あ、ごめん。」
流石に言い過ぎたか。
あんまり落ち込んでいるようには見えないけど。
「それじゃ、始めるよ。ある日、森の中でクマさんに出会いました。」
「うん。」
「さぁどうする?1番、戦う。2番、逃げる。3番、話しかける。」
「は?」
「君は森の中でクマさんに出会った。さて戦うかい?逃げるかい?それとも話しかけるかい?」
いや聞こえなかったんじゃないんだよ。
聞き返したんじゃないんだよ。
なんで紙芝居で選択が登場するんだよ。
「え?話しかける?」
「しかしクマさんに人間の言葉は通じなかった!You Died………。残念だけど死んでしまった。ゲームオーバーだよ。」
「死ぬの!?」
そりゃクマさんに人間の言葉が通じるかって言われたら通じないだろうけど、そこは童謡、と言うか紙芝居なんだから現実に寄せなくて良いだろ。
なんで紙芝居聞いてるだけなのにゲームオーバーなんてあるんだよ。
「直前の選択肢からリスタートするよ。」
「え?じゃあ逃げる。」
「しかし回り込まれてしまった!You Died………。残念ですが死んでしまった。ゲームオーバーだよ。」
「なんだよ、回り込まれたって。逃げ切れよ。」
「安達くん、クマの機動力を舐めてはいけないよ。ヒグマは時速60kmで走ることが出来るそうだからね。人間なんかよりも遥かにスピードがあるんだ。」
「マジか。」
怖っ。
けっこうのっそりと動くイメージがあったけど、まさかそんなに速く走れるなんて思いもしなかった。
しかし、そうなると残された選択肢は戦うしかないぞ。
現実的に考えてクマさんに戦いを挑むとか自殺行為だろうけど、長谷道のことだから何を言いだすか分からない。
「戦うで。」
「クマさんには勝てなかったよ。You Died………。ゲームオーバーだね。」
「どの選択肢を選んでもゲームオーバーじゃん!死一択じゃん!そんな紙芝居見せられたら子供が泣くぞ!」
理不尽にも程がある。
選択肢なんてあって無いようなものだぞ。
アレか?現実の厳しさを教える為ってやつか?
別に紙芝居じゃなくても良いだろ。
しかもご丁寧に各選択肢の死亡シーンまで描いて来やがって。
「やれやれ、選択肢の中から選ぶと言う固定観念が染みついてしまっているようだね。」
「いや選択肢を出されたら普通その中から選ぶだろ。」
「もっと自由な発想で考えてみて欲しいんだ。君の得意分野だろう?」
そう言われると否定しづらい。
まぁ、確かに?私は自由な発想の天才と言っても過言ではないし?
そう言う事なら、もう少し話を聞いてやってもいいかな?
「固定観念に縛られず、最善を考え抜く事こそ、これからの時代を担う若者に必要な事だと思うんだよ。」
「それは………。」
「さっき鐘ヶ崎さんにもこの紙芝居を見せて話をしたけど、納得してもらえたよ。」
「それを聞くといつもみたいに鐘ヶ崎を口車に乗せたようにしか聞こえないんだけど。」
我らが生徒会長の鐘ヶ崎。
良くも悪くも単純、もとい純粋だから、長谷道の口先と性格を考えると騙されてるようにしか思えない。
よく長谷道の事を怒っている割に話は聞くから今回もそのパターンだろう。
「あれ?少し説明しただけで鐘ヶ崎さんは『そ、そう言われると確かにその通りなのかも知れない。紙芝居の対象年齢は幼児を中心としていることを考えると、幼少期のように常識を身に着ける前だからこそ、柔軟性を培う時期に最適と言う事か。』って言ってたのに。」
「鐘ヶ崎は、ほら。鐘ヶ崎だし。」
「安達くんも彼女の事をどうこう言えない程度にはチョロいと思ったんだけどなぁ。」
「おい、本音が漏れてるぞ。」
鐘ヶ崎は根が善良なのも考え物だ。
長谷道は性根がひん曲がってるのが考え物だ。
後日。
「やぁ、安達くん。また紙芝居を作って来たんだけど………」
「帰れ。」
「それでは今回は『犬のおまわりさん』。」
「聞けよ。」
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