4分33秒

『4分33秒』

それは教室をざわつかせた。




「合唱コンクールでは決められた課題曲とクラスごとに自由に決めて良い自由曲があります。みんなは何か歌いたい曲はありますか?」


事の発端は委員長がホームルームの時間に合唱コンクールで歌う曲の意見を募った事から始まった。

別に私は特に音楽という物にこだわりはない。熱心にあれが歌いたい、それが歌いたいという希望もないのでボーっと皆が意見を出すのを聞いていた。

最近のヒット曲や一昔前に流行った歌が挙げられる。


「まぁどれでも良いや。」


そんな事を思っていると、聞き慣れない曲名を挙げる男がいた。

その男の名は竹塚。私の友人だ。

彼は言った。


「『4分33秒』。」


と。

なんだ4分33秒って。

聞いたことないぞ。そんな曲。

今さっき自分で考えたとか言い出すんじゃないだろうか。

竹塚の事だから十分にあり得るな。

どんな歌詞なんだろうか。

他の生徒も、

「4分33秒?」「いや曲じゃなくて時間じゃん。4分33秒の曲が良いとかじゃないの?」「あれって曲って言っていいのかな?」「何?その曲?聞いたことないんだけど。」「ウチの三馬鹿の一人だし、変な曲でも希望したんじゃないのかな。」

といった具合に中には知っていそうな生徒もいたが、知らない生徒がほとんどだ。


「えぇっと、竹塚くん?」

「はい。」

「これは合唱にならないんじゃないかなって思うんですが。」


どうやら委員長は何か知っているようだ。


「委員長、『4分33秒』ってどんな曲なんだ?」

「うーん、曲と言っていいんでしょうか。そうですね、知らない人もいると思うので百聞は一見に、ではなく一聴に如かず。私の携帯で実際に流してみましょうか。」


そう言うと委員長はスマホを取り出して少し弄ると教卓の上に置いた。

………………?

教室は静まり返っているが、一向に聞こえてこないぞ。


「委員長、全然聞こえてこないんだけど。音量が小さいんじゃないか?」

「いえ、音量は最大に設定していますよ。」

「委員長、全然聞こえてこないんだけど。再生ボタンを押していないんじゃないか?」

「いえ、再生ボタンも押していますよ。」


音量も問題なく、再生もしている。

もしかして…………


「委員長!ヤバい、私の耳が聞こえなくなったかも知れない!」

「大丈夫です。安達くんの耳は正常ですよ。さっきまで会話が成立していたでしょう。」

「委員長!マキアート音ってやつで演奏しているのか?」

「たぶんモスキート音って言いたかったんですよね?違います。」


どうやら耳の異常は思い違いだったようだ。

しかし相変わらず音楽らしい音楽なんていつまで経っても聞こえてこないぞ。

そんな事を思っていると委員長が教卓に置いていたスマホを手に取る。

もしかして何か問題を発見したのか?

今度こそ『4分33秒』を聞くことが出来るのか?

そう思ったが、


「はい。以上が『4分33秒』です。」

「え?」


何も音楽が流れない時間。計った訳ではないけれど、恐らく4分33秒。

これが、曲?


「みんな困惑した表情をしていますが、これが『4分33秒』という曲です。アメリカのジョン・ケージと言う音楽家の方が作った曲ですね。」


そんな曲?があったのか。何も音楽が流れない時間を曲として扱う。哲学的過ぎて訳が分からない。


「さて、竹塚くん。」

「はい。」

「どうしてこの曲を候補に挙げたんですか?」


うん。一番気になるところを委員長が聞いてくれた。

これで楽だからとかだったら笑うしかないぞ。

笑って流して黒板から『4分33秒』の候補が消されて話が続くのがワンセットになりそうだ。

さて、竹塚の真意や如何に。


「合唱コンクールって審査員による審査がされて優秀賞とかの賞が授与されますよね。」

「そうですね。」

「もし僕らが『4分33秒』を選択して登壇し、無音の空間を作り出したらどんな評価をされるのかと思って。」

「物議を醸しそうですね。」


うん。私が審査員だったら判断に困るぞ。真面目にやってるのか楽をしようとしているのか迷う。


「それに面白そうだったので。」

「むしろそれが本音だろ。」


審査員の評価云々の話も考えていたのかも知れないが絶対面白そうと言う考えがメインだぞ。

なんなら審査員以外の教師や他のクラスの生徒、今この場で『4分33秒』を提示されたクラスメイト達の反応すら楽しんでいる節がある。


「でも実際に『4分33秒』で哲学的に問題を提起するのって面白そうじゃありませんか?」

「一発屋が過ぎるだろ。提起するだけしてから投げっぱなしになる気がするぞ。」

「まぁ、楽がしたいからとかではないので、一応候補に残しておきますね。」


委員長は黒板に書かれた『4分33秒』を残したまま、他の希望を採っていく。

そして候補の中から多数決で決める事になり、




『4分33秒』…1票




「ですよねー。」

「仮に竹塚の案が通っていたとしたらクラス全員がお説教をされていた可能性があるだろ。だったら私は投票しないぞ。」


こだわりは無いけど、進んで説教をされに行く趣味はない。

結局普通の曲を歌う事になるのであった。

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