10円玉

ある日の休み時間。


「最近の趣味は貯金かも知れない。」

「は?貯金?安達が?一応言っておくが、ここは夢の中じゃないからな?」

「そもそも自分の趣味なのに『かも知れない』ってなんだよ。意味が分からないぜ。」

「おいおい、私だって貯金くらい………貯金くらいすることもあるかも知れないだろう。」

「途中から自信なくなってるよな。」


今までの人生を振り返って貯金という行動をとった記憶を掘り返すが、おかしい。

何故か記憶に無いぞ。

でも貯金箱の中にお金を入れたことはあるし、それも貯金といっても過言ではないだろう。

そう考えると私は貯金をしたことがある。

やはり自信をもって言うべきだったようだ。


「で、なんで急にそんなことを言い出したんだ?」

「ほら、これ。」

「は?10円玉?」

「それがどうかしたのか?10円玉貯金でも始めたのか?1日1枚貯めててもショボそうだぜ。」

「違う!もっとよく見ろ!」

「………いや、わからないな。」

「わからないぜ。」

「この10円玉、きれいじゃん?」

「「…………。」」


どうやら伊江も丹野も、このきれいな10円玉に魅了されて声も出ないようだ。

まぁたまにお釣りとかで手に入るけど、それでも何故だか普通のお金よりも魅力があるのだ。

私ですらこの魅力に抗えなかったのだから、この2人が抵抗できるわけがなかったということか。


「安達、お前さぁ………。」

「確かにきれいだぜ!」

「は?」

「これなら集めたくなっても仕方がないだろう。」

「理解できたぜ、お前の言いたかったことが!」

「小学生かよって言おうと思ったが、こっちも小学生レベルだったな。」


誰が小学生だ。

丹野はともかく、私まで小学生扱いされるのは気に食わないぞ。

それに小学生じゃなくてもきれいなお金に魅了されたっていいだろう。

これにはロマンがあるんだよ。


「それならこれを使うといいよ。」

「青井!?」

「急に表れてびっくりしたぜ。」

「というか、何を持ってるんだよ。試験管に液体が入ってるけど、危ないものじゃないだろうな。」


そんな話をしていると後ろから声を掛けられる。

私と丹野を驚かせた声の主は青井だった。

その青井の手には、伊江が言うように液体の入った試験管があった。


「安達くんで遊ぼうと思ったら何やら面白そうな話が聞こえてきてね。それから安心してくれていいよ。これは危険なものじゃないからね。誰でも手に入る、どこでも手に入る、至って普通の酸性の液体だからね。」

「ちょっと待て。今、私『で』って言わなかったか?そこは普通、私『と』だろ。」

「安達のことは置いておくとして、そこまで念を押されると逆に不安になるな。」

「そもそも酸性って響きがヤバそうだぜ。」


置いておくな。

私で遊ぼうとするな。

もっと私の扱いについて興味を持て。

しかし、いかにも安全であると言いたげな物言いも、酸性という響きも、私たちを訝しがらせるには充分であった。


「もったいぶらずに言うとレモン汁だね。」

「レモン汁!?」

「なんでそんなものを試験管に入れてるんだよ。普通に市販の容器に入った状態でも良かっただろ。」

「こうした方が面白いリアクションをしてくれるかなって。」


そのためだけに、わざわざ試験管にレモン汁を移したのか………。

誰かを驚かせたい気持ちは分からないこともないけど、少し呆れるぞ。


「ちなみにお手軽な方法だと酸性の調味料等に数分程度浸して擦る。この工程を繰り返すときれいになるね。塩みたいにザラザラしたものを使って擦ると研磨作用できれいになりやすかったりもするよ。」

「調味料とか塩とかって、料理みたいだな。」

「料理だって科学だからね。」


青井の口から家庭的な言葉が飛び出してきて驚いたが、料理って科学だったのか………。

科学だったら青井が語っててもおかしくはないな。


「しかし俺はてっきりギザ10でも集めてるのかと思ったんだけどな。」

「ギザジュウ?」

「側面がギザギザになってる10円玉の事だよ。いつだったか忘れたけど、作られた期間が短くて、普通の10円玉と比べると流通してる数が少ないからレアって聞いたことがあってな。」

「へぇ………ってことは、普通の10円玉に傷をつけてギザ10を量産す「金を意図的に傷つけるのは普通に犯罪だからな。」るのはよくないって私は思うんだ。」

「「「…………。」」」


疑いの目をこちらに向けるのは止めろ。

おかしい、私はきれいな10円玉を自慢したかっただけなのに、どうしてこんな流れになってしまったのか。

もっと友達のことを信頼するべきだろう。

そう、私がギザ10の量産なんてしないという信頼を。

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