人体模型

「なぁ、青井。ふと思ったんだけどさ、人体模型とか骨格標本ってあるじゃん。」

「そうだね。」

「小学校にも、中学校にもあった記憶があるんだよ。」

「私の通ってた小学校にも中学校にもあったよ。」

「でもアレって一度も授業で使ったことないよな。」

「まぁ使わないなら使わないでも良いんじゃないかな?」


そう、一度も授業で使った事が無いのに人体模型が学校に存在する事に疑問を抱いたんだ。

科学部の部長で、科学準備室を私室扱いして人体模型と同居していると言っても過言ではない青井ならば何か知っているかと思ったが、そんな事は無かった。


「授業で使わないならアレって何のために置いてあるんだろうか。」

「それには隠された秘密があるんですよ。」

「竹塚!?」

「どうせ大したことじゃないんだろう?私は別に倉庫に片付けるなり、廃棄するなりしてもいいと思うけどね。」


竹塚がどこからともなく現れ、何となく興味を惹かれる事を言い出す。

隠された秘密だって?

青井は興味なさげだが、気になるじゃないか。


「そうですね。かつて某学校で起きた事件が関わっていますが、僕達とは関係が無いので些細な事と言えば些細な事ですね。どこの誰とも知れない他人の現世に対する執着のせいで連鎖的に原因不明の事故が起きていたそうですが、大したことはありませんからね。」

「事件!?一体何があったんだ!?」

「聞かなくて良いんじゃないかな。」

「竹塚、教えてくれ。」

「聞かない方が良いんじゃないかな。聞かない方が良いと思うよ。聞くべきでは無いね。」


事件!?事故!?何を知っているんだ竹塚。

しかしそれにしても、


「やけに拒絶するな。青井、もしかして怖いのか?」

「何を言いだすかと思えば。そんな訳ないじゃないか。どうせ非科学的で聞くに値しない与太話だろうと思っているだけだよ。その事件とやらと事故とやらの因果関係だって曖昧で不確実な物なんだろう。私がそんな物に恐怖を感じる?随分と見くびられたものだね。」

「いやそんなに全力で否定しなくても……。それに別に煽ったつもりはないんだけど。」


何故か青井はムキになって早口で喋り出す。

日頃の青井からは想像出来ない姿だ。


「竹塚君、是非とも君の言う大したことのない話とやらを聞かせてもらおうじゃないか。」

「良いですよ。


それは僕らが生まれるずっと前の事。バブル経済と言われる好景気が終わった時の頃の話です。

この時代になると科学技術の進歩は凄まじく、それまで信仰されてきた土着の伝承は少しずつ、少しずつ、しかし確実に廃れていった時代です。

それまで未開発だった土地も人口の増加に伴い、住宅街や商業施設などを建てるために人の手が入ったのです。

長い樹齢から霊木と言われた木々を伐採し、管理する人間のいなくなった神社を取り壊して。

そう言った経緯で開発された土地の中には学校が建てられる事もありました。

しかし、そこで事件が起こったのです。

生徒の一人、そうですね、ここではAさんと仮称します。

Aさんが行方不明になってしまったのです。

地元の警察が必死に捜索するも見つからず、迷宮入りしたかに思われました。

しかし、Aさんは発見されたのです。

ただし、全身の皮膚は剥がされ、胸部から腹部にかけては筋肉さえも引き剥がされて臓器が露出した状態で。」

「えっぐ……。」


そんな姿を見たら一生のトラウマになるぞ。


「まさか祟りだなんて言うんじゃないだろうね?」

「当時の大人たちはそう思ったらしいですよ。その事件が起きてからは開発対象地域にある神社とかを粗末に扱わず、同時にこの事件を忘れないようにするために各学校に人体模型の設置を義務としたんです。」

「非科学的でくだらないね。わざわざ関係もない学校にまで設置させるなんて。廃棄しても良いんじゃないかな?」


青井は祟りを非科学的だと言い、廃棄を進める。

が、若干震え声だ。たぶん内心怖がっているのでは?


「はい。そう言った考えで人体模型を廃棄した学校は多数ありました。そして、それがさっき言った事故にも繋がってくるんですよ。

そう、人体模型を設置していたのは祟りを忘れない為だけではなかったのです。

行方不明になったAさん本人は、自分と祟りに関係が無いのに非業の死を遂げたことを納得していないんです。

当然ですよね。別に開発を主導した人間や、その人の関係者という訳でもない、ただの一生徒だっただけなんですから。それこそ、祟りの被害にあうのが他の生徒だったとしてもおかしくはない程度の関係性でした。

そして祟りに巻き込まれたAさんは納得の出来ない憤りと、若くして亡くなってしまった事から現世への執着が混ざり合い、天に召される事が出来なかったのです。

そして謎の不審死を遂げる生徒が続出し、学校は高名な僧侶に相談したところ、祓うのではなく、心残りを無くし、成仏させる事を勧められたのです。

そして依り代として人体模型が作られ、怨念を分散させる為に各学校に設置されたのです。

しかしその人体模型を撤去しようとして怒りに触れ、撤去しようとした人間は帰らぬ人となりました。

確かに亡くなった人の死因に共通点は無く、事故として処理されましたが、真実を知っている人間からすれば原因は一目瞭然です。

それ以降、学校に設置されている人体模型を廃棄しようとする人も徐々に減っていきました。

そう言えば科学準備室にも人体模型がありましたね。

まぁ廃棄するのは自由ですが、何があっても自己責任ですね。」

「いや、まぁ、別に怖くもなんともないけど、学校の備品を勝手に捨てる訳にもいかないし、わざわざ廃棄を提案するのも面倒だから、そのままでも良いかな。」


青井は平気なフリをしているが、顔が蒼褪めて震えている。

普段の青井だったら、こういう話は鼻で笑うくらいすると思ったんだか。

それに、


「青井、さっきは非科学的だとかなんだとかって……。」

「そこまで邪魔でもないからね!さぁ、この話は終わりにしよう!」


青井は強引に話を切り上げる。

科学部のメンバーはコイツだけだが、この後、科学準備室に1人でいられるんだろうか。

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